道化師と堕ちた天
□H
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「――たく、有り得んスわ。何なんやあのバカども」
「金ちゃんとは対立しとるんやろ?」
「全面戦争っスわ」
「目に浮かぶなぁ……」
数学準備室の椅子に反り返るようにして座る財前は、あからさまに顔を顰めて吐き捨てた。向かいに座る白石は、永遠三十分は続くそれに、苦笑しながらも時々浮かない顔をしている。
そもそもの原因は自分にあるのだから……。財前はそんな表情の変化に気付きながらも、そのまま話しを続けていた。
「いい加減にしろっちゅーんや。だいたいあの女のどこが良えねん」
「あれやろ、恋は盲目」
「見えなさすぎっスわ。ボールも見えへんなっとりますよ。新人戦どないすんねん……」
「府大会までは何とかならんか?」
「取り敢えずダブルス二つは死んどりますね。俺と金太郎とあと一人、一番マシそうな奴つこうて何とか」
「そこまで酷いんか…」
「酷いっスね」
「美並は?」
「マネの仕事はやっとりますけど、来るの遅いから他の奴も合わせて来よるし、練習ほっぽり出して手伝いに行くバカもおりますから結局邪魔なだけっスわ。どうせマネ入れるんなら部長の妹とかにして欲しいんスけど」
はぁ、と鬱陶しそうに溜息をつく財前。白石は笑いながら返した。
「そらダメや。友香里には女テニで全国行ってもらわな」
「例えっスよ」
「おーい、そこ二人。そろそろ帰りや。財前クンは部活行き。そろそろ無法地帯になるで」
頃合を見たのか、それまで黙って新聞に目を落としていた渡邊が声をかけた。
財前はジト目で渡邊を見ながらも立ち上がる。
「競馬新聞見てタバコ吸うとる奴に言われたないっスわ」
「相変わらずの毒舌やなぁ」
「個性っスから」
「まぁまぁ財前。ほな、俺も帰るわ」
「おう、気ぃつけや」
「わかっとる」
シレッと言う財前の肩を押しながら部屋を出た白石は、首を中に向けながら小さく笑うとドアを閉めた。
「ほな俺、行きますわ」
「おん、頑張りや」
「まぁ、ほどほどにやっときます」
相変わらずな財前の物言いに、はは…と苦笑いしながら、白石は昇降口を通り過ぎて階段へ向かった。
もしかしたら仁王が待ってるかもしれないと携帯を開く。
「何や、来とらんか」
少し意外そうに呟きながらもそのまま携帯を閉じる。
すると突然、廊下の突き当たりから男子生徒三人が現れた。思わず身構える白石。男子たちはニヤニヤ笑いながら、白石に近付いて来た。
「よぉ白石。ちょおと付き合ってくれへん?」
「……悪いけど今急いでんねん」
「っ自分何様のつもりやっ。良いから来ぃ!!」
「っ離しや!」
「白石。今一緒におったの財前やなぁ?何ならアイツに付きおうてもろても良えんやで?」
「――ッ!?」
掴まれた手を振りほどこうとしていた白石は、顔を近付けて声を落としてくる男子の言葉に一瞬動きが止まった。すかさず畳み掛けて来るその男子。
「それで良え。大事な後輩に手ぇ出されたなかったら、大人しくしときや」
「くっ…」
苦々しそうに腕の力を抜く白石に、男子たちはニヤリと笑みを浮かべた。
三人は白石を囲むようにして階段とは別の方へ歩いて行く。
一部始終を見ていた人物がいる事も知らずに…………。
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