道化師と堕ちた天

□J
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体育館を出た仁王たち三人は、保健室にいた。



「クーちゃん、大丈夫?」

「平気やアレぐらい。心配いらんて」



仁王が教室のロッカーから持って来たジャージの上に着替えながら、白石は友香里に笑いかけた。

幸いかかったのは上だけだったが、アンダーシャツだけでは寒い……。



「たくアイツ等、かけるなら水にしろっちゅうんや。オレンジ臭いわ…」



白石は湿ってる髪を摘みながら、いかにも嫌そうな顔で言った。
そんな白石を仁王は無言で見ている。



「…友香里」

「何、マーくん?」

「悪いんじゃけど、俺らの教室行って荷物持って来てくれんかのぅ。今日はもう教室戻らんで良えじゃろ」

「うん。わかった」

「ついでにオサムちゃん見付けて、フケる伝えて来てくんしゃい」

「何やのそれー。人使い荒いわぁ……」



ぶつぶつ文句を言いながらも、友香里は座っていたベットから軽く降りて外へ出て行った。





友香里が出て行った後には沈黙が残る。
白石は何も言わず濡らしたオルで髪を拭き、仁王は室内に備付けられたシンクでシャツをバシャバシャ水で洗っていた。



「……それ、落ちそうか?」

「そうじゃのぅ…。多少は落ちたけぇ、後は漂白すれば大丈夫じゃなか?」

「そうか…」



先に口を開いた白石は、仁王の手元を見て何て事はなさそうに聞いた。仁王もそれに合わせて普通に答える。

仁王が何故友香里を追い出したか、白石はちゃんとわかっていた。――妹に情けない姿を見せたくない。そういう気持ちを的確に察したのだ。仁王は…。



「蔵…」

「ん?」



仁王は一瞬喋るかどうか躊躇いながらも、そのまま続ける。



「……忍足に聞いたぜよ。さっきの奴ら、おまんに随分突っ掛って来とったらしいのぅ」

「…っ…。まあな…」

「ベランダから突き落とされそうになったんじゃて?」

「…うっ、そんな事まで聞いたんか……」



白石の方を見ずに言う仁王に、白石は気まずそうに呟く。

余計な事まで喋りおって…。という表情をあからさまにする白石。それを雰囲気で感じたのか、仁王はジト目を向けた。



「おまんが肝心なとこを言わんかっただけじゃろ。新人戦までに何とかしろ言うんなら、洗いざらい喋りんしゃい」

「やってアイツ等、アノ女に言われたとか言わへんから言わんでも良いかと思ったんやて」

「そんなん、その時になってみなきゃわからんぜよ」

「あぁ。すまんかったって。次からは話すから」



呆れた様子半分、怒ってる様子半分で話す仁王に、白石はわざと面倒臭そうに答える。
信用できんのぅ。という目をする仁王を、白石は都合よく気付かないフリをした。



正直、あの時の事は思い出したくない。

あの瞬間は感覚が麻痺していて怖いとも恐ろしいとも感じなかったが、謙也に送ってもらい家に帰り、暫くすると、一気に恐怖が沸き上がって来た。
自分は死んでいたかもしれない。そうでなくても二度とテニスが出来なくなっていたかもしれない。そう考えると、とてつもなく怖かった。

おそらく友香里が仁王に電話しようと考えたのも、その日の自分を見たからだろう。
あの日の自分は、家族に異変がバレないよう、皆を避けまくっていた――。





「にしてもアイツ等も懲りんよなぁ……」

「っ?…ストップ、蔵」



暗い気分を振り払うよう、あえて明るい声を出す白石を、仁王は手で制した。
何や、と首を傾げる白石に、仁王は小さく「誰か来る…」と返す。

「え……」という白石に合わせるようにして、保健室の扉がガラッと開いた。








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