道化師と堕ちた天
□M
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「ええな、俺が来るまでこっから出るんじゃないぜよ」
「わかっとる」
立入禁止のはずの屋上で交わされている会話は、よく見ると異様な光景だ。
仁王の言葉に返すのは勿論白石の声だが、頷くさいにゆれるのは綺麗な金髪。屋上から出て行こうとしているのは、どう見ても頷いたはずの白石だ。
「…雅、気ぃ付けや」
「任せんしゃい」
白石に向かって“雅”と自分の名を呼ぶ仁王に、それを普通に受け入れている“雅”と呼ばれた白石……。
そう。二人は入れ替わっていた――。
『……ミヤ。ちょっとええか』
授業の合間の短い休み時間。そう訪ねて来た白石に、仁王と珍しく起きていた千歳は顔を見合わせた。
仁王が転校してきた日から、白石は一度も一組を訪ねてはいなかったから無理もない。
『…え?何?』
キョトンとした顔で首を傾げると、『たいした事やないんやけどな』と言いながらも、視線を廊下の方へ向ける白石。千歳に聞かせたくないのかと訝しみながら、仁王は居心地悪そうにしているクラスメートたちの方をあからさまに見た。
『わかった。…じゃあ、取り敢えず外出よーぜ?』
『ああ。……千歳、邪魔して堪忍な?』
『気にせんで良かとよ』
二人が何か話しているように見えたのか、白石はそう断って踵を返した。仁王はもう一度クラスを見渡すと、白石の後を追った。
(…くくっ、せいぜい悩みんしゃい)
紺野と千歳の影響で揺れているクラスメートたちは、誰も白石を見ようとはしなかった。
『で、どうしたんじゃ?』
以前石田と話した階段の踊り場に来た仁王は、すぐに話しを促した。
休み時間は後五分ほどしかない。自分はどうでも良いが白石はサボりたくないだろう。それに謙也や千歳が心配するはずなのが目に見える。
『コレが机に入っとってな…』
『ん…?……これ、って…』
『せや、テニス部や』
差し出された手紙というには短い一行メモを一読し、仁王はあからさまに顔をしかめた。
放課後、テニス部の部室に必ず一人で来い――。
どう考えてもテニス部関係者だ。
大方昨日のコートの事だろう。財前が口止めしたにも関わらず、今朝にはテニス部全員に知れ渡っていたのが雰囲気でわかる。
誰が広めたかなんていまさらだ――。
『放課後だと財前たちがおるじゃろ』
『今日は部活の前にミーティングがあるらしいわ。人数多いから財前のクラス使うてやるて、メールで言っとった』
『…理由つけて抜け出して、おまんを呼び出すっちゅう事か』
『そうやろな』
不愉快そうに話す仁王に、白石は小さく肩を竦めた。その仕種に仁王はすっと目を細める。
…白石の考えている事が何となくわかった。
『この間の奴らはどうでも良くても、やっぱしテニス部には手ぇ出したくないか?』
『まぁな…』
いざとなったらやり返す事も出来る。でも自分の無実を証明するためそれはしない。
以前二人はそんな会話をした。
しかしテニス部には、いざという時でもやり返したくないというのが白石の本音。仁王もその気持ちはわからなくもない。
『……わかった。確かめたい事もあるし、俺に任せんしゃい』
『…は?』
少し考える表情をした仁王は、怪訝な顔をする白石に向けてニヤリと口角を上げたのだった。
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