道化師と堕ちた天

□S
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「――そこ!ステップ遅れとる、いい加減覚えろやっ」

「は、はいっ!」

「一年ぼさっとせんと玉だししぃっ」

「ウィッスッ!」



放課後の部活どき。男子テニス部のコートでは、引っ切り無しに財前のイライラとした声が響く。

怒鳴られるたび、一年だけでなく、同い歳の二年部員までもが慌てて返事をする。コートの中も外も、誰一人止まっている者などいない。なんせ少しでも足を止めれば財前の怒声が飛んでくるのだ。
普通なら副部長ないし、誰かしらが止めるなだろうが、生憎この部にソレをする資格のある者は一人しかいない。そしてその彼はまったく止める気などない。何故なら彼にとって、コレぐらいの要求は痛くも痒くもないのだから。





ここ数日、男子テニスは、レギュラー、平関係なく、地獄の特訓を受けていた――。




















「すみませんでした!!」



体育館での真相暴露が終わった後、形だけの帰りの会を終えて部室に来た白石、仁王、謙也、千歳は、コートに入った途端、元レギュラー以外の全員から頭を下げられた。



「ホンマすまんかった白石!」



三年部員も勢揃いしている。
部を引退してからこれほどの面子が揃うのは初めてだと、白石は思わずズレた事を考えた。



「……今更都合良すぎやろ」



いつの間にか白石の周りに集まっていた元レギュラーの中から、財前が口を開く。その声は驚くほど冷たく、いつもの感情を表さない彼からは考えられないギャップがある。

財前の言葉に現実に引き戻された白石は、頭を下げたままの体制でいる部員たちをちらっと見た。



(…ホンマ調子ええ奴らやな。ついさっきまで美並、美並言うてたんが嘘みたいや……)



呆れ半分、哀れみ半分で思う。

コイツ等に自分の考えというモノはないのか。
四天宝寺もテニス部自体も、自主性を重んじるはずなのに、見る影もない。



「はぁ…、せやな…。取り敢えず、許せん奴が三人おるんやけど」



すでに財前の口調で体を強張らせている大半の部員に構わず、白石は表情を変えず、縮こまっている三人を見下ろした。



「…そこの三人」



彼らの肩が大袈裟に跳ねる。



「ホンマならレギュラー落ち…、いや、春までラケット持つの禁止てしてやりたいとこや。…せやけど新人戦一週間前にそんな事してみぃ、今までの俺の苦労が全部パァや」



両手を広げて肩を竦め、白石はわざと軽口をたたく。
そうすれば男子たち三人は、ますます身を縮める。白石の思った通りに反応する三人に、仁王は一人、ニヤリと心底底意地の悪い笑みを浮かべた。



「まぁしゃあないわ。ココはやっぱり、さっきの八人と似たような事してもらうしかあらへんな。…………ふっ、安心せぇ。別にパシル気はあらへんから、少なくとも俺は、な…?」



そんなんしたら練習の時間あらへんやん。と、白石はサラッと言う。



「…取り敢えず、コート整備、ネット張り、ボール磨き、片付け、部室の掃除、ドリンクの用意をやってもらおうか。勿論レギュラーメニューをこなしながらや。毎日一番先に来て鍵開けて、最後まで残って鍵閉めるとこまで完璧にやってもらうで。例の八人をパシリに使うかは財前に任せるわ」





シレッとした顔で継げる白石に、財前だけが平然と頷く。
他の者たちは、元レギュラーはそんなに軽くて良いのかと不満に思い、それ以外の者は内心ほっと胸を撫で下ろす。仁王はそれらの感情を表情を見るだけでだいたい想像でき、嘲笑を浮かべた。

どこまでめでたい奴らなんだと、仁王雅治としての表情を隠しもしない。千歳だけが、仁王の表情に気付いているようだった。





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