道化師と堕ちた天

□エピローグ
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東京、大阪に劣らない激戦区の神奈川大会。
その地区大会が行われている市民公園前に着いたバスから、軽快なフットワークで飛び降りる少年がいた。

去年の新人戦の時の記憶を頼りに、少年――仁王雅治は、決勝が行われているであろうコートへ足を向ける。
近付くにつれ、人の数が多くなってくる。コートの周りには沢山の群集がいた。

しかし仁王は眉を顰める。



(……何じゃ…)



ざわめきがいつも自分たちの浴びていたモノとは違う。…違和感があった。

その正体はすぐにわかる事になる。
試合の良く見える位置に出ると、予想通り、切原と相手校とのシングルス1が行われていた。しかし予想に反する光景がソコにはあった――。



「赤也が押されとる…っ?」



まさかの状況に目を見開く仁王。



「なぁ、アレどうなっとるん?」



思わず、側にいた見知らぬ少年に話しかけた。



「ん?あぁ…。新部長対決っぽいぜ。立海はともかく、こっちの選手が思いの外強くてよ。それに立海の方、アレ怪我してるな」

「は?」



予想外の言葉に切原を凝縮する仁王。コートでは丁度、切原のナックルサーブが決まっていた。
普通ならおそらく気付かないだろうが、彼のプレイを見慣れている仁王は、指摘され違和感に気付いた。



「…左腕か……?」

「正解。さっきダイブした時にやったんだろーな」



サラッと答える少年に曖昧に相槌をうちながら、仁王は試合を見る。
今度は相手選手がポイントを取った。状況的には切原がフリだ…。



(…赤也……)



仲間から必死の応援を浴びる切原は、表情を歪め、それでも悪魔化せずに相手選手を見ている。
応援の中には幸村たち元レギュラーも全員おり、厳しい顔をしている三強と柳生が見えた。丸井と桑原は後輩たちと一緒に声をかけている。

おそらく元レギュラー全員、切原の腕には気付いているだろう。
それでもやめろと言う事は出来ない。無敗を取り戻そうとする切原の思いを、仁王たちは誰よりも知っていたから…。



「――っ、…」



とうとうタイブレークに持ち込んだ。
周りの熱は最高潮に達している。これだけ目立つ仁王に誰も…、それこそ柳や幸村ですら気付かないほど、誰もが試合に集中していた。

その時、仁王は突如、坂になっている小高い観戦エリアを駆け降りた。
驚いた声で呼び止める少年に軽く手を挙げ、それでも足は止めない。ここは相手校側のエリアだ。前へ行くにつれ怪訝な顔と共にアウェイな雰囲気を醸し出されるが、そんなの知ったこっちゃない。

急に飛び出してきた銀髪に、向かいのエリアにいる幸村の視線がこっちに向く。心底驚いた様子で目を丸くする幸村に口の端を少しだけ上げて笑うと、仁王は切原に視線を戻し、叫んだ。









「赤也!!…勝ちんしゃい!」












これでもかというような仁王の声に、サーブを打とうとしていた切原の動きは止まった。
バッとこっちを見る切原の目は、仁王と目があった瞬間見開かれる。丸井たちが何やら騒いでいるのも聞こえるが、そこは無視。ざわつき出す立海に審判から注意が入るが、誰も聞いちゃいない。仁王がいるエリアも、突然の立海側の人間、それも元レギュラーの登場に動揺が走る。

しかし仁王は切原だけを見ていた。



「…仁王、先輩……っ」



何で…、と小さく口が動くのが見える。それには答えず、仁王は不敵な笑みを浮かべた。



「勝ちんしゃい、新部長。三強の見てる前で負けたら、特別メニュー組まれるぜよ?」



ニヤリと笑う仁王に、切原ははっとした顔で幸村たちの方を見る。一瞬あからさまにげっという顔をすると、切原はニッと笑って「そんなのお断りっス!」と言ってボールを構えた。







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