道化師と堕ちた天

□番外編(1)
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「仁王君!」

「任せんしゃいっ」



柳生の声よりも早く動いていた仁王は、ラインギリギリのスマッシュを仕返しとばかりに逆コーナーに返してやる。それをジャッカルがまた返し、今度は柳生が拾った。



「もらったぜぃ!」

「甘いナリ」

「ブン太!」

「おう!」



ジャッカルの声に答え、丸井お得意の妙技、綱渡りが繰り出される。仁王はそれを地面に付く前にロブで返すと、すぐに体制を立て直した。







今、四人は新レギュラーたちを相手に試合運びの見本を見せている。見本とは言っても、彼らは好き勝手に試合をしているだけで、何かを学び取るのは見ている後輩たち次第という、放任主義もいいとろの試合である。三強も何も言わずに静観している。
それでも後輩たちは、目を皿のようにしてそれぞれの憧れる選手を食い入るようにして見ていた。オールラウンダーとカウンターパンチャーとサーブアンドボレーヤーのハイレベルなダブルスが見られる機会なんて、立海の選手といえどあまりない。三年が引退してしてしまった今の時期はなおさらだ。他校との練習試合でも自分たちの方がたいてい強いのだ。そうそういつも、全国クラスのチームとばかり試合が組めるわけじゃない。



「あっ、ほら。今の丸井先輩の足の運び方、お前がいっつも出来ねぇヤツだろ?」

「あぁ」



三年の代わりに、レギュラーにあれこれ話している切原の声が聞こえて来る。
仁王が口角を上げると、ネット越しに同じような顔をしている丸井と目があった。どうやらお互い考えている事は同じらしい。後ろのジャッカルもという事は、おそらく柳生もだろうと仁王は苦笑する。



「オイ仁王、今赤也の事考えただろぃ?」



丸井が話しかけてくる。やはり予想は当たったらしい。



「そういうお前さんもな」

「余裕そうじゃねぇか」

「それはこっちの台詞じゃ」



ニヤッと笑いながらわざと挑発的な言い方をする丸井に、仁王ものる。
仁王が不適な笑みを浮かべると同時に、柳生の放ったサーブが相手コートに叩き込まれた。



軽く一時間は続いている試合を、仁王は続けている。
従兄弟の一大事かもしれないという事を聞いたからと言って、ここにいる以上生半可な試合は出来ない。立海テニス部はそれほど甘くないし、何より自分自身、負けるのは癪だ。

今はテニスに集中。部活が終わったら飛んで帰ると頭の中で決めている。

しかし好い加減、そろそろやめても良いだろうかと思えてきた。久々の本気の試合で楽しいのは本当だが、何せ長い。まだ4−4だ。この調子では後三十分以上は確実だろう。
普段ならとことんやってやるというのに、本当に間が悪い。それにさっきの休憩で水分補給をしなかったせいか体がダルくなってきた気がする…。



(そろそろ決めたいのう…)



スマッシュを打ちながらそんな事を考える。その時一瞬、目の前がチラつき、着地がもたついた。



「…っと……」

「なーにやってんだよぃ、仁王」

「煩いぜよ」



しっかり自分をマークしながら話しかけてくる丸井に、仁王は何て事なさそうに返す。しかし内心は焦っていた。



(…ヤバイのう……)



持久戦なんて無理だ。早く決着をつけたい――。







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