道化師と堕ちた天

□番外編(2)
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放課後の四天宝寺中学校構内。

掃除も終わり、部活に行く生徒や下校する生徒の喧騒に紛れながら、ただ一点を目指して歩く一人の男子生徒がいた。
適度に制服を着崩し、たらたらと歩く少年。その存在に全く不自然な部分などなく、どこからどうみても生徒の一人だ。

しかし彼の事を聞いたとき、この学校の生徒…、否、教師も用務員も購買のおばちゃんも、全員が声を揃えて言うだろう。



こんな奴知らへん、と――。









「――…ここか?…」



少年は一つのドアの前で立ち上がると、ドアの上に付けられたプレートの字を確認して呟く。
“数学準備室”と書かれたドアを、少年は無表情のままノックした。



「入ってええでー」



入室を許可する声に、少年は無言でドアを開ける。まず目に入ったのは、椅子の上に足を乗せ、雑誌を読んでいる男の姿だった――。



「うおっ、何や自分?テニス部の奴らかと思ったわぁ…」



少年と目が合うと、慌てて足を下ろし雑誌を机の上に置く男は、少年に「何や?」と問いかけた。

何や自分、はこっちの台詞だ。
少年はあまりに教師らしからぬ教師に、一瞬固まりながらも、すぐに無表情に戻す。




「…失礼します……」



一応挨拶はしながら、少年は中に入り、後ろ手にしっかりとドアを閉めた。





「渡邊先生、アンタに頼みがあります」



先ほどの光景は忘れる事にして、少年は早速本題を切り出す。



「頼み?今度のS−1GP予選で何かしろ言うんやったらお断りやでぇ?」

「…は?………………」



…S−1GP予選って何だ。

さすが関西人。真面目な雰囲気を作っているというのに一切通じないらしい。
少年は小さく溜息を付くと、「真面目な話なんですけど」と渡邊の目を見下ろした。



「…何も持っとらんし、授業関係やあらへんやろ?何や?」



少年の手元やポケットの辺りを見て、彼は不思議そう聞く。

そう、彼の言う通り、少年の目的は勉強ではない。第一数学は得意科目だ。聞く必要などない。
そもそも少年の目的は全く違う。

少年は目をすっと細めると、渡邊の目を真っ直ぐ見下ろし静かに口を開いた。





「テニス部関係…。正確には白石蔵ノ介関係…――」

「――ッ?…」



淡々と言う少年に、渡邊の目がすっと険しくなるのがわかった。

それは嫌悪感などではなく、白石という生徒に対する心配と、目の前の少年…、自分に対する警戒だ。
彼に何かあったのか、自分が白石の敵か味方か、そんな事を考えているんだろうと少年は思う。



あぁ。やっぱり、この教師は使えん大人じゃなかった――。





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