□蒼竜と狗神
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━━寛永十三年・五月




「さっさとくたばっちまえ、糞親父。」


「ンだと?俺はまだいける。」

「嘘付けよ。死にそうじゃねぇか。俺の親父がそろそろやべぇっつってた。」

「あーくそ、成実の野郎…」



布団から身を起こそうとすると、激しい咳が襲ってくる。
老体ってのはこれだからいけねぇ…あー、もうちっと体力がありゃあな。


「結局、俺も成実も親父か。」

「仕方ねぇだろ。一応あんたと母さんの間に出来た子って事になってんだ。本当の親父は隣の部屋にいるけどな。」

「跡継ぎ云々うるせぇんだよ。何で俺が餓鬼作んなきゃいけねぇんだ。成実も伊達家だろうが。」

「そこらへん、親父が呆れてたよ。梵はいつになっても変わらないって。」

「Ha…any complaints?」

「なーにが『文句あるか?』だ。文句だらけだよ。小十郎殿が亡くなってからは、まるでただの乗馬好きのちゃらんぽらんだ。」



小十郎の息子、重綱は俺に遣えた後、成実の子の忠宗に付いていった。
成実の正室、愛姫は……ああ、ありゃとんだ根性座った女だったな。まだ元気にやってるが…



「惚れた相手が死んでも次を選ばないたぁ…随分思考が乙女だよな。」

「あー、死んでねぇかもしれねぇぜ?死に際にきっぱり『約束はどうした』って文句言ってきたしな。どーせ俺は元々、正室なんていらねぇっつってたんだよ。」

「はいはい、ホントに最期まで強情な爺だったよ。」



呆れ返る秀宗に一発拳骨をお見舞いしてやった。
そろそろ日が暮れるか…ふと視界に映った空は、真っ赤だった。


「言い残す事は?」

「そうだなァ…せめて、最期くらい奥州の雪でもみたかったもんだ。」

「そりゃ残念。今は春だぞ。」



冬は過ぎた。
もうちっと死ぬのが遅けりゃあ…な。

そう思って、ふと開いた障子に目をやった時だった。




「おいおい…嘘だろ…」



真っ赤な夕暮れの中、はらはらと落ちる雪。
まるで雪は火の粉のように舞って、部屋にも舞い込んできた。

ああ、こいつは…



「狼は約束を守る…本当だな…」



小さな白い狼がそこにいた。

蒼い目をしばたいて、てこてこと部屋に上がり込んでくる。


そして、俺の頬に頭をすりつけてきた。



「お前も随分律儀だったな…」

『政宗もね。』

「人の言葉で言えっつってんのに、全く…勝手に死にやがって…」



静かに目を閉じた。

いつもより深く、しかしどこか心地良い風を感じた。



「俺の最期はどうだった。」

「とても幸せそうな顔…ちょっと間抜け。」



はっきりとした、若い少女の声。

でも確かにそいつの声は、俺の愛したただ一人の女の声だった。




「はっ…そりゃお互い様だ。」





最期だってのに、こんなにも嬉しい…

俺も大概いかれてんのか。


まぁ、悪くねぇ…





「ありがとう、政宗。」





ふっと笑って、俺の意識は夕焼けの空へ吸い込まれていった。





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