短編置き場

□冥王星
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「空のまた上の空…星の中に、冥界と呼ばれる星があるのはご存知ですか?」



星とは、どれほどの輝きを持ったものなのだろう。
何かが空で燃えたぎっているのか、はたまたあれは空に住む白き鳥か。

時々流れて行くそれを我らは"流れ星"なんぞと呼ぶが、そもそも星とは何なのだと聞けば、彼女はそう言うのだ。


冥界が、空に?
では、今この目の前に広がる星の海の中にその冥界も浮かんでいるのだろうか。


「一体どれでござろう。」

「どこにあるのかは知らないですけど、その星はそう呼ばれているんだと聞きました。」

「冥界…では、あの光は地獄火であると?」

「ううん、その星は暗いんです。真っ暗だから、冥界。」



暗闇であるから"冥界"
他にも意図はあったのやも知れぬが、俺には未来から来たという彼女の答え以外、信じる他無い。


冥界というのは、暗闇の中にあるものなのか。俺はただ、業火に覆われた荒地のような場所だと幼い頃にいつの間にか、そう思い込んでいた。
それが確かでないにしろ、全く逆の暗闇という言葉に少しばかりの新鮮味を感じる。

では、この世で過ちを犯したふつつか者はそこへの道を示されるのであろうか。
過ち…神や仏がこの世の罪を定めたとしても、人はそれを知る事ままならぬ。考えば"殺し""盗み"…他にも悪と呼ばれる行為は多々あるが、それもその人間故の理由あっての事。ただの牽強付会であろうが…


「わからぬ…」

「…何が……?」

「人を殺す事で人が冥府に送られるとすれば、この武田に仕えた者達は一人残らず冥界に通されてしまったのであろうか…。某もお館様も…いや、武田だけではない。伊達軍に上杉軍…この戦国に生きていれば、もののふたるものは皆堕ちる事になりましょう。」



屋根瓦の上、彼女は複雑な顔をして膝を抱えた。
この方でも分からない…やはり死後の世界については、いつの時代も各々の頭で勝手な空想を描く意外に知る由がないのか。


彼女が数ヶ月前まで生きてきた、既に天下統一が成された平和な時代の女子の意見。
戦ばかりを見、平和の色もおよそ想像のつかぬまま槍を振るう男の意見。

笑ってしまう程、真逆。
きっと彼女には、人を殺めるという行為自体が大罪に当たるのであろう。
しかし、この時代ではその殺めた人間が敵方であれば軍功を上げられたと祝われ、それが罪である等と一体誰がそんな戯言を呟くであろうか。


「其方は人を殺めた事が無かったのであろう?そのままであれば冥界に堕ちる事はなかったというのに、わざわざお館様の制止を断って佐助に弟子入り……恐ろしくはないのでござるか。」


冥府に通され、冥界に堕ちるという事が。
だとすれば、この方はどれほど強い意志を持った女子であるのか。

俺は、冥界が少し恐い。


「それは…」

「愚かでござろう?数えきれぬ者をこの手で殺めておきながら、然るべき罰に恐怖を抱くなど。物事の道理を弁えよと兵にがなり立てておきながら、その当人がそれを弁えきれていないなど。笑い草ではないか。」


戦の無い世に生まれたならば、その理にかなった道を歩めば良いものを。
この戦国に落ちてきてしまったばかりにその道を誤る事となった……そうさせたのは、俺か。


「言ってくれたじゃないですか。『何処にて生まれ、何処にて育まれようとも誰もが違わぬ人同士』……あれ、好きだったんですけどね…」

「其方が逸早く女中に慣れてくれまいかと思い悩んで言った言葉でござる。」

「まぁ、そんな事だろうと思いましたけど…」


くすくすと笑う彼女は、畏れもなくただ楽しそうに。
俺が持ち帰った武将の首に失神しかけて、当分口を訊いてくれなかった愛らしい女子とは思えない。

きっと彼女は冥界も、死に対する畏れもとうに取り払ってしまったのだろう。
そう解釈した途端、やはり頼もしくもあり悲しくもあった。某は…俺は、どうかこの方には出会ったばかりの頃のまま…死への恐怖を抱いたままでいて欲しかった。


「冥界が暗いなら、照らせば良いじゃないですか。そしたらその灯りを見つけてほっとする、沢山の人がいるでしょう?」

「灯り、か…」

「幸村さんには便利な燃える槍があるじゃないですか。冥界だってそんなに大きくないと思いますよ。」


悪気無くそう零す彼女に何故だか負けた気がして、苦虫を潰したような顔をしたのが自身でも分かった。
両頬を千切れんばかりに引っ張られて滲んできた視界も、生きていればこその特権か。


「涙目ですよ。そんなに冥界が恐いですか?」

「戯れ言を申すな。この幸村、どんな修羅場も駆け抜いてみせようぞ。」

「その意気ですよ。」


死への恐怖を取り払ってしまったと、逃げてはくれぬと言うのなら…

其方の為、俺はこの槍を振るおう。

冥界に堕ちた時は、其方をこの槍で照らそうぞ。




「共に行こうぞ。」




これから向かう負け戦というのも大した事はない。

冥界に堕ちるのが早いか遅いか、それだけであろうが。





落ちる、堕ちる







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