短編置き場

□冥府へと
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「地獄道…いや、餓鬼道。」

「もうどこでもいいじゃろ。貴様は人間道だ。」



淡々と魂は裁きを受け、告げられた所に続くこの六つのゲートを潜っていく。
私はそれをただ黙々と見守るだけ。

魂が行列を作り、我が番はまだかとそれは冥府を浮遊する。
裁きの列はもはや最後列が見えぬ。休んでいる暇はないと、巨大な鬼の城門を潜って城の戸を開けた。


…チリン


今、どこかの鈴蘭が鈴の音を鳴らした。
これが鳴る時は決まってトラブルが起った時だ。



「閻魔様。」


椅子にぐったりと座り、もう仕事はやりたくないと怠けている冥府の王、閻魔大王に片膝を付いた。
閻魔は面倒くさそうに首をもたげる。


「どうした。」

「下界で一人、逸れ者が出たようで。あの区域を任さているのは鳴き猫…猫は後々それ相応しき処分が下る事と思いますが、逸れ者の方は如何致しましょう。」

「…どれ、蛍玉を持て。」


戸棚の奥に粗雑に置かれた水晶玉を持ち上げれば、それは静かに光り出す。
そっと閻魔様に渡すと、そこには数ある下界の世界が映し出された。美しいが、閻魔様はそれに頭を悩ませる。


「今日は何年何月何日だ。」

「はっ。ある時では神功皇后摂政元年ある時では寛和三年ある時では明治二十八年…」

「違う違う。逸れ者の出た時代は一体どこだ。余もそう気は長くはないぞ。」

「平成…はて。」


何年だったでしょう。
そう呟けば、先程申した年号の羅列はもしや適当であろうと察せられてしまった。
だが致し方ない事だ。ただでさえ仕事の手が足りていない今、逐一下界の時代にチェック等入れられたものではない。

閻魔様は蛍玉と呼ばれる下界を映す水晶玉に、ぶつぶつと言葉を吐きかけた。


「逸れ者、猫、猫…鳴き猫の担当区域…おお面倒くさい。余も早く定年を迎えたいものだ。」

「ご冗談を。まだまだ若いでしょうに…あと八百年はあります。」

「それは八百年前にも聞いた気がするな。…おお、いた。この小娘か。ふむ…」



灯りに掲げられた蛍玉が映すのは、平成の世で車に撥ねられて息も絶え絶えな小娘だ。
周りの人間は悲鳴を上げて近寄ろうともしない…少女が必死に手を伸ばした先には、小さな白い子猫がいた。
だが実体を持っていないな。見える筈がない…あの小娘、天使がなぜ見える?

そのうち、少女は何かをぽつりと呟いて伸ばした手を落とした。
みるみる肉体が機能を失っていく…ああ、これは手遅れだ。


「リストには載ってない。」

「ですから逸れ者だと言いました。この小娘、まだあと七十年分の寿命を持て余しております。」

「寿命を消化せぬまま死したか。参った…猫が見える所、車から猫を護ろうとしたのだろう。優しすぎても良い事はないの。今日は仕事はここまでだ。門を閉めい!」


地鳴りのようなその声に反応して、城の戸は轟音を立てて閉じていく。魂らは閉じ込められまいと慌てて外へと飛び出した。


パァン!!


冥府の王が大手を叩いて、同胞の天狗らに背後の大門を開けさせた。



「さて、どう裁くか…天狗よ。直ちに一人と一匹を天界へ送るのだ。後は猫が察してここまで来るだろうて。」

「承知!」







府へと
堕ちて参れ、少女










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