短編置き場

□松永と豆まき
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「鬼はあそと鬼はあそと鬼はあそと」


その男の姿を見るなり、彼女は待っていたと言わんばかりに、石っころのような小さな物体をぽんぽんと思いきり投げ付けた。両手に抱えていた馬鹿みたいに大きな木箱に手を突っ込んでは標的に放り投げ、鷲掴みにしては発射させと、その単調な行為を休む事なく懸命に続ける。標的とされている男、もとい彼女の主、松永久秀は突然の襲撃にただ呆然とその場に立ち尽くすしかなかった。それらの粒は主に自分の肩辺りに当たり、ぽこぽこと床に落下していく。彼に抵抗する気はなかった。そのうち攻撃が終わるだろうと何時ものように口元にうっすらと笑みを浮かべたまま黙って直立していると、思ったとおり彼女は一度停止してみせた。


「痛いではないか」
「久秀様」
「…なんだね」
「今日は二月三日です」
「知っているよ」
「二月三日は節分です」
「それも知っている」
「節分は豆を撒く日です」
「そうらしいな」
「鬼に豆を撒くのです」
「ほう」
「鬼は久秀様です」


彼の部下の使い様といったら酷いの二文字で片付くものではなかった。我慢に我慢を重ね、それでもついに堪えきれなくなった彼女は今回ある計画を練り上げたのである。名付けて鬼を懲らしめろ大作戦(本当は退治まで行いたいのだがさすがにそこまでの自信は彼女には無かった)。と、いうわけでさっきから彼女が投げている物体というのは石っころなどではなく、淡い黄色をした大豆であった。

「年に一度の大切な行事ですから」

振り回しすぎて疲労した腕を幾度かぶらぶらと振ると、再び木箱の中にその手を差し込んだ、かと思えば今度は手に収まった豆たちを一気に口内へ放ったのだ。数も数えぬままそのような事をして良いものかと久秀は内心思いながら、自分も床に転がった粒を一つ拾いあげるとがりりと噛み砕いた。女はむっしゃむっしゃと口を動かしながら相手を伺っているが、彼に特に怒った様子はなさそうだ。普段と変わらぬ、顔には張り付けられたような微笑。

「ふむ、成る程」

久秀は考え込むようにして己の顎を撫でた。その姿に直感的に何やら嫌な予感がしたが、兎にも角にも用は済んだわけである。さっさと退散しよう。そう思って後ろを向こうとしたとほぼ同時、何かに肩を掴まれる感覚がした。何事かと思い慌てて振り向けば、彼女のすぐ目の前には、男の顔。このやろう、いつの間にこんなに近付いてきたのだ。



「わっちょ何するっ」
「鬼ならば鬼らしく、役目を果たさねば、なあ?」



にやあり、鬼の口元がゆっくりと吊り上がってゆく。背筋に悪寒が走るのを感じた。あっという間に壁際に追い込まれ手首を拘束され、そこでようやく彼女は後悔するのだ。ぎゃあああああああと断末魔の叫びが城内に響き渡るのはそれから間もなくのこと。





それはまさしく人間の仮面を被った鬼でして








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