短編置き場

□生は死よりも残酷だから
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戦場で感じた、腹を貫かれた痛みを、熱を、忘れることなど、出来なかった。出来るはずが、ない。この二つの槍がどれほどの戦を駆け抜け、どれほどの敵を射殺し、どれほどの血を浴びて、どれほどのことを成せたのか。一つ一つの記憶が俺の頭を蔓延り、この痛みを忘れさせてくれなかった。お館様を失い、自分すらも見失いかけていた俺には、忘れることなど赦されるはずも、無い。疲弊、していたのだ。頭では、槍を握り締め奮えと、戦場を駆け抜けろと、推して来るのだが、俺の心は安息を求めてしまっていた。俺を待ち受けている現実に、背を向けて逃げること出来ず、また槍を握り戦場を無闇やたらに駆け巡るしか出来なかった。重くなってゆく目蓋、俺の視界が暗闇に覆われて行く。このまま朽ち果ててしまうのだろうか。お館様の志も継げず、何も成し遂げてはいないのに、このまま朽ち果ててしまうのだろうか。嗚呼、俺は何もかもが中途半端で、腹を貫かれた痛みを、熱を、噛み締めながら、―――抗おうとしたのだった。















不変だった私の日常が、変わった。ただぼんやりと同じ毎日を繰り返す私の人生が、変化をしだした。それは、ある日の夜の出来事。うちのお風呂場に、いきなり現れた全身真っ赤に染まった侍は、真田幸村と云う名前だった。ライダースーツの様な鎧は、烈火を印象させる赤。片方が折れていた二対の槍は、炎を印象させる紅。額に巻かれていた長い鉢巻きは、情熱を印象させる朱。そして、酷い傷を負っていたお腹から漏れていた夥しい量の鮮血は、ただただ赤いだけだった。怪我の酷いこと酷いこと。だが、さすがにそのまま病院に連れて行く訳にもいかず、医療の知識がある友人の力を借りながらしばらく看病する事にした。彼が今までどんな人生を送って来たのか、それは真田さんの躯に古傷として沢山刻まれていたけれど、平凡な生活を送って来た私には、想像するだけ無駄な様に思えて、途方も無い。だけれど私はそれを、現実は現実として淡々と受け止めて、特別に取り乱したりはしなかった。何となく、手当てをした際にそのことを伝えたら、真田さんはきょとんとしてから苦笑を浮かべて、「…忝ない」と小さく呟いたので、私は「どう致しまして」と、短く答えたのだった。

















「…星が見えないのだな」

目覚めた世界は、全てが変わっていた。戦も無ければ、争いも無い。平和と云えるのかどうか、それらが歪な形で保たれている未来で在った。べらんだ、とやらに出て、空を見上げた。あんなにも美しく瞬いていた星々は、人工的な灯りに混じり合ってその存在を隠してしまっている。夜空だけは未来永劫、変わらぬものだと思っていたのだが、それは見事に打ち砕かれた。時代の流れに呑まれ、見えなくなった星々は、未だに輝き続けているのだろうか。

「星、今日は見える方なんですよ」

背後から掛けられた声に、ゆるりと振り返ると、幼さの残る顔で彼女が微笑んでいた。さあ、と柔らかい風が吹き抜けて、俺と彼女の髪を揺蕩たらせる。揺れる髪を押さえながら、彼女は俺の隣に歩みより、空を見上げた。もう一度、俺も見上げる。

「…そうなのか?」
「そうですよ。最近、天気が悪かったから、こんなに星が良く見えるのは、久しぶりなんです」
「………そうか」
「私、昔はもっと綺麗だったって、聞いたことがあります」
「…そうだな。俺の居た時代では、星は煌々と瞬いて、いつも我らを照らしてくれていた」
「へえ…」
「…導いてくれていたのかもしれぬ、な」
「…導き、ですか?」

疑問を含みながら繰り返された言葉に、俺は小さく笑い、答える。

「……星は、道だ」

俺の道は、何処に行ってしまったのだろう。お館様を信じ、真っ直ぐに歩んで来ていたつもりだった。だがそれは、慢心だったのかも知れぬ。己は真っ直ぐに歩んでいたと謂っても、お館様を失った俺は、道無き道を我武者羅に、ただ突き進んでいただけで在った。今なら、解る。それは、単なる自己満足でしかなかったのだ。俺は俺の今の道が正しいのだと銘を打ち、そうして、お館様の死から、己自身から逃げていたのだ。守るべきものを見失い、自分さえも解らなくなる程に、溺れてしまっていたのだ。

「…星が無ければ、さ迷ってしまうのだ」

何と、情けないことであろう。我ながら、恥ずかしい。俺はそれに気付かずに、戦場を駆け抜け、命を奪い、足掻き、泥沼の中で長い時間を過ごしてしまった。周りにどれほどの迷惑を掛けたのか、計り知れぬ。そんな思考の中で、きらり、と見上げていた星が、瞬いた。

「でも、大丈夫ですね」

不意に漏らされた言葉に、俺は反射的に彼女を見やった。透き通るような白い肌が、夜空と人工的な光に照らされている。

「もし見えなくなっても、星は、いつまでも同じ場所で、輝いていますから」
「……同じ、場所?」
「はい!だから星は…また必ず、輝きを取り戻して、導いてくれるはずです」
「……ッ、」
「だから、大丈夫」

いつの間にか俺の方を向いていた彼女は、優しく微笑んでいた。嗚呼、何と云うことだろう。―――彼女の言葉に、俺は救われた様な気持ちになった。

「(………輝きを、取り乱す…)」

疲弊していた。どうしようも無い現実から逃げて、ただ闇雲に槍を奮っていた。それは単なる逃避であった。だけれど、俺は、乗り越えればならぬのだ。俺は、お館様の意志を継ぎ、守らなくてはならぬ大切なものが、沢山在るではないか。どうしたのだ、真田源次郎幸村。己の道を、自ら背けて見据えないでどうするのだ。俺が、やらなくては成らぬことが、守らなくてはならぬものが、乗り越えればならぬものが、在るではないか。ずくりと疼く、この腹の痛みを、熱を、忘れては成らぬ。思い出すのだ。

―――俺の道はまだ、閉ざされてはいないではないか……!

「っ……」
「あっ、真田さん…透けてる……!」
「………時間、か…」

夜空に手を翳すと、透明に透き通って、手のひら越しに星が瞬いた。嗚呼、俺がこの世界に来たのは、彼女に救われたのは、これに気付く為だったのかと、すんなりとそう思えた。

「そなたには…沢山の迷惑をかけてしまったな」
「いいえ、私は…むしろ、感謝しています」
「感謝……?」
「はい、真田さんのおかげで非日常を体験出来ましたから」
「…そうか」
「だから、ありがとうございます」
「それは俺の台詞であろう?」

くすり、小さく笑って、夜空を見上げた。変わり果てた夜空に浮かぶ星々は、その輝きを隠しているだけで、本当は瞬き続けている。それは、変わらぬ煌めき。

「―――そなたに出逢えて、良かった」
















すうっと目の前で、夜空に吸い込まれるように消え去ってしまった真田さんの姿が、目蓋の裏に焼き付いて離れない。私の前から消えてしまった、否、本当の場所に帰って行ったのだろう。

「…星が、綺麗だなあ」

もう一度、夜空を見上げる。不変だった日常に急に現れた真田さんは、私に余計なものを残して帰って行った。それは、真田さんが居なくなった後も、私の日常を変えるには十分すぎるほどのもので。だけれど、これも、今を生きる私の現実。ただぼんやりと繰り返して来た平凡な日常は、鮮烈に残った真田さんの思い出を胸にしながら、また繰り返して行くのだ。―――ずきり、と痛んだ胸をぎゅうっと掴み、唇を噛み締めて、空を仰いだ。

「……私も、出逢えて、良かったよ、……幸村さん」




生は












(生きるも、死ぬも)(変わってゆくものの中で、輝き続けるのだ)




ロンリー/朋




貰っちゃいましたよぉぉおおおう!!うっへへへ幸村がカッコイイ…!ホロは思わず電車の中でにやけて友人をぶっ叩いてしまいました(こっぴどく叱られました)
相互記念ありがとうです!とむくんありがとう!

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