no sesso-!!

□泣くほど愛した人が居た
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照美に言われた言葉は一週間経った今もなお、平良の胸にギリギリと突き刺さったまま痛い。

「ほんと、君って木偶の坊だよ。唯一僕を苛立たせることは得意だけどね」

そう言い放たれて互いに連絡も取らないままもう7日が過ぎた。夏休みのお盆のため部活もない。照美に会わなくて済むものの、相手の様子も伺いたい。
気付けば平良は非常に歯がゆいような、長い緊張感のような辛い心境に立たされていた。

平良は携帯を握り締めて部屋をうろうろと歩き回っていた。
彼は照美に、前々から約束していた土手で行われる花火大会について、メールを送ろうか送らないかで迷っていた。連絡がなくても約束していたため相手に悪いと、なにかしら照美に今晩の花火大会について話したかった...と言うより平良は謝りたかった。

酷いことを言われて傷ついているのは平良の方だが、平良に向かって言った照美の方がもっと傷ついているに違いない。好きな人を「木偶の坊」と言わざるを得なかった照美の心境に立ってみると、平良は何故照美に気付けなかったのだろうと、深く後悔した。

時計は3時を過ぎたところだが、今日は格段暑い。びっしょりかいた手汗で携帯はつるつる滑った。

どうしよう、どうしよう。

そう思っているうちにも時計は針を進め、気付けば日はビルの間に消えようとしていた。


「...結局、出来なかった......」

6時を過ぎた時計は平良が嘆く手前、無慈悲にも時を進める。
平良はベッドに倒れ込んだ。
シーツの上に汗に濡れた携帯を投げ出す。

「......フラれたってことだったのか?あの言葉は...?」

秒針の音は、遠くで始まった花火大会開始合図の2、3の小さな花火に掻き消えた。


平良は立ち上がり、適当ではあるが、ほどほどに身なりを整え、夏の夜へ繰り出した。

向かうは花火大会の行われる土手。同じく土手に向かう人たちは各々うきうきしている。
その中で緊張している平良は、自分が浮いて見えるのを気にしつつも、この花火大会に照美は来ていると根拠のない確信をしていた。
照美に謝って花火大会デートをする。そんなことを考えながらとにかく土手へ歩いて行った。

程なくして花火大会は盛大な花火の乱射とともに始まった。

着いた土手は屋台と人でひしめいていた。この中に照美がいる。
平良は人ごみに紛れ必死になって照美を探した。
だが、躍起になって探せば探すほど歩く人々が目に入ってこない。金髪、金髪...と暗示をかけていたが、髪を黒く染めてでもしたら、と一度思うと全員が照美に見えてしまった。

「......」

平良は目をごしごしと擦った。
本当は、照美は着ていないのではないか。他の人と約束が出来ず、誘えなかったら彼は自宅から花火を見ているのかもしれない。

そう思い込むと気持ちがなんとなく落ち着いた。ドクドク脈を打ち続けていた心臓が、ゆっくりと平脈に戻ろうとしていた。

ホッと溜息を吐く。

もう帰ろう。...いや、折角来たのだから何かひとつくらい買ってから。

平良は近くのクレープの出店にならんだ。照美と着ていたら、きっとクレープを買わされるだろうと思って。

照美とエアデートを味わっていると、遠くから花火の音と人の声に紛れて、聞き慣れた声が耳に入ってきた。


「───うん、とっても美味しいよ...ありがとう」


「照美!?」

平良はびっくりして周りを見渡した。だが、照美の姿はいない。
空耳だったのか?そう思った平良だが、人込みの間に照美の姿を見つけた。

「て、てる...み?」

その姿に、平良は瞬きを繰り返して照美を凝視した。
照美は蝶の舞う深紫色の浴衣を着ていた。髪は高く留め団子にまとめあげられ、その団子には浴衣と合わせたのか同じく紫の蝶が揺れる簪を刺していた。
初めて目にした照美の色っぽいうなじに平良はぞくぞくっと官能を揺さ振られた。

その姿は女性そのものだった。
いや、周りの女性よりも妖的かつ美しかった。

平良はしばらく照美に見惚れてしまった。
去年の春入学してきた照美を初めて見たときの感覚───瞬きも呼吸も忘れる、照美のありとあらゆる魅力が、平良を瞬時に虜にした...一目惚れのデジャヴ。

そんな平良の夢見もすぐに現実に引きずり戻された。

照美の肩に、他人の腕が回った。

「ぁ...なに......?」

平良は照美が向いた方を見た。相手も浴衣を着ていた...男物だ。

「可愛い照美にはリンゴ飴がお似合いですね」
「それって僕に幼稚って言ってるの?」
「いえいえ。私の恋人には贅沢なだけですよ」
「贅沢?そんなことないよ。僕はワガママで───」

「え、こ...こい......」

平良には目眩か頭痛かよく分からなかった...何も聞こえず、目の前が真白になった。平良の中で何かが崩れていくのをスローモーションで、平良はただじっと見守った。

照美の肩に腕を回し、照美と仲良さげに話すのはアフロヘアーの知らない男。見た目から、日本人ではない。

「───チャンスウが買ってくれたんだから、あげるよ」

てろてろ光を反射する赤いリンゴ飴を、チャンスウと呼ばれたアフロヘアーの男の口元へ持っていく照美。

間接キス...平良が思っていた時には、チャンスウはリンゴ飴を舐めた後だった。
照美はふと平良の方に目を向けた。

ぱちり、と二人の視線は合う。

歩みを止めた照美に、チャンスウも足を止めた。

「ああ、あ...て、てる」

完全に動揺とショックで声も出せない平良とは違い、照美の佇まいは堂々としていて、人込みの向こうの赤い瞳は真直ぐに平良を見ていた。

「平良君...君とは楽しませてもらったよ。ありがとう」

平良は何も返せなかった。
身体は納得の行かない現実に、勝手に震え始めた。
目頭は、急激に熱を持った。

「彼は?」

チャンスウは平良を指差した。

「チャンスウには関係ないよ。僕の1コ上の先輩」

「照美っ...俺は......俺は信じられない...!!おまえが......」

「チャンスウ、」

照美の口調は、平良に向けられた瞳は、恐ろしく冷たかった。


「...kiss、して」


平良には、照美の口はそう言っているように見えた。
照美はチャンスウの浴衣を引いて、顔を近付けた。

「やっ、やめッ...!」

平良の声を気にもせず。
展開されたのは、人目をはばからないチャンスウと照美、二人の熱いくちづけ。
チャンスウを求めるかのように照美の腕はチャンスウの首に回される。

二人に、人々の雰囲気は騒ついた。彼等を避けるかのように、ぽっかりと空間が空いた。
「あの女の人綺麗」「公共の場もしらない若者が」「すげぇ、初めてカップルの路チュー見た!!」

そんな声がひそひそと聞こえた。

「やめろ...やめて、くれ......」

照美が他の男とキスをする...そんなものを見せ付けられて、泣いているのだ、と気付いたのはキスを終えた照美が手を振って雑踏に紛れた後だった。



平良は自宅へ走った。

照美との最後は、あまりにも残酷であまりにも妖艶過ぎた。
何の涙かはもう分からない。

分かること。
それは平良は深く照美を愛し過ぎたことだ。彼は泣くほどまで、照美を愛したのだ。



サッカー部の夏休みが終わった。

だが、照美は始業式まで一度も練習に来なかった。

始業式、照美はFFI韓国代表として、韓国へ行ったのだと噂を聞いた。
平良はそれで初めて知った。噂で初めて知ったのが悔しかった。

平良が瞳子からネオジャパンの話を持ちかけられたそれから少し後のことだった。




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