イナズマイレブン

□KISS!!
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 付き合う前は、今までなんとも思わず互いの家でのんびりできていた。それが、今となっては所謂自宅デートをする度に何かを期待している自分がいる。
 緊張に互いは言葉数も少なく、二人がけソファの前のテーブルに置かれた紅茶を何度も何度も飲んでいた。
 そういう雰囲気は醸し出しているのだが、どちらもその先へ踏み出せないでいる、ある休日の神童家での昼下がり。先に我慢が出来なくなった拓人が、恐る恐る左手を伸ばし、大和の右手の指を握り締めた。
「っ…」
 拓人は大和を見ることはしなかった。背けた顔は大和が見ずとも紅潮させている。
「…………」
 大和は拓人の指に自分の指を絡めた。思えば手もまともに繋いだことがない。
 ピアノを弾く拓人の指先は、マメだらけの大和のそれとは対照的に滑らかで傷一つ見当たらない。
「皆の背中を守る手だな…」
 大和の荒れた手に触れながら、拓人がぽつりと呟いて
「やはりおまえは、いつまでも俺の憧れなのかもしれない」
 と苦笑してみせた。その表情を見て大和は首を振る。
「そんなことねーよ。俺も拓人も、ポジションは違っても同じキャプテンなんだ。
 それに…」
 しまった、何余計なことを言おうとしているんだ、と言葉を途切れさせた大和に拓人は「うん?」と首をかしげた。
「なんでもねーよ…ただ俺たちは対等だって言いたかったんだよ」
「…そうだな」
 拓人がふっと微笑んだ後に、緩やかな、それでいて破るには厚い沈黙が流れた。
 大和は拓人の横顔を盗み見る。ほんのり桃色に染まる頬に、潤んだ瞳。普段泣き出す時とは違って───いや、もしかしたら今まで大和が気付いていなかっただけかもしれない───今の拓人には色気がある。

 欲しい。

 何よりも先に本能がそう囁いた。心臓がドクンと脈打ち脳の回転がおかしくなる。ずっと追い求めていた。こんなに近くに居た拓人を。
 それなのに言葉にするのが億劫で、大和は繋いだ手をただ強く握り締める。
 拓人が大和を見ると熱を帯びた瞳とかち合った。大和のその鼓動を受け取ったのかのように拓人の色気がぐんと増す。上気した拓人の顔。その薄い唇から漏らす息遣いが欲しい。大和はからからの口に僅かに残る生唾をごくりと飲んだ。
「大和…どうしたんだ……?」
 拓人は突然の自分の異変に問いかけるように声をしぼり出す。擦れた自分の声に、一番驚いたのは拓人自身だ。
「どうも…してねぇっ……!」
 来る。大和の声色と雰囲気に拓人は遠くでそう感じた。触れ合う指先からじんわりと甘い痺れが拓人の体に走る。
 来て。そう言いたいのに思うように声が出ない。このまま何もなかったなんて、絶対にあり得ない…嫌だ。
 拓人もまた、大和を欲していた。
「た、拓人…」
 緊張から震えた声になってしまう。うっ、と更に顔を赤らめながらも、大和は空いた左手を拓人の頬に添えた。
「やま、と…」
 拓人は一度視線を落とし、再び大和を見た。その動きは頷くようにも見えた。
 大和が顔を近付けると、拓人は瞳を閉じてその時を待った。未知を待つ期待と、自ら視界を閉じてしまう不安の入り混じる表情。大和はもう少しその顔を堪能したくて更に動きを遅める。
「………」
 いつまで待っても来ない。拓人が薄目を開けると、じっとこちらを凝視する大和がほんの鼻の先に居た。
 我慢出来ずに吹き出してしまうと、大和は慌てて顔を離した。
「なっ、何見てたんだっ!!」
 真っ赤になって叫ぶ拓人に大和は決まりが悪い顔しか出来なかった。
「恥ずかしいじゃないかっ…!!」
「綺麗だったから、つい……」
 綺麗と言われたのが予想外で、拓人は言葉を失った。途端に繋ぎっぱなしの手がやけに恥ずかしくなって、ぱっと手を引く。僅かに汗をかいた手には、大和の温もりが残っている。
「その…ワリィ………」
「い、いいよ…」
 拓人は弱々しく微笑んで見せるも、落胆の表情が隠しきれない。

 大和は深く息を吸い込んだ。
「…拓人、好きだっ!」
 勢いでそう叫んで、両手で拓人の顔を挟んでぶちゅっと唇をくっつけた。
 何も分からない。分かりたくもない。顔を離したら拓人が軽蔑の目で見ているのかもしれない。
 ヤケになってキスするヤツが俺以外何処に居るのだろうか。大和は悲観的になりながらも、拓人に苦しいと少し押され、唇を離した。
「…ヤケになってキスしてくるなんて」
 拓人は大和の額にコツンと自分の額をくっつけた。
「こんなので嫌いになったりしないさ。むしろおまえらしいよ」
 拓人がクスクス笑うのにつられて、大和も笑う。
 不意に拓人が額を離す。頬は高揚しているものの、真顔に戻ってまっすぐと大和を見つめる。
 大和が不安で胸が苦しくなったところで、計算していたように、ようやく拓人は口を開いた。
「でも、今度は…ちゃんとしてほしいな」
 にこ、と大和に微笑みかけた拓人はもう一度瞳を閉じてその時を待った。
 不安の消えたその表情を見た大和は、残った期待に応えてやるように、拓人を抱き寄せながらそっと拓人にキスをした。


May 25th Day of Kiss

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