イナズマイレブン

□からくて甘い、変な味
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 合宿先の宿舎は二人部屋で、奇数の一年生は一人だけ先輩と同室になった。
「なんで俺と霧野センパイが同じ部屋なったんですか」
 部屋番号を見まわしながら先を歩く霧野に自分の荷物を手に狩屋がついていく。
「合宿係の浜野と速水が決めたことだからなんとも言えないな。お、ここだな」
 霧野は速水から受け取った部屋の鍵を使って中に入る。安っぽい、宿舎ではごく普通の部屋だ。先ほど発表された部屋割りを思い出した狩屋はため息をつく。
「そんなに俺と一緒が嫌か?」
 荷解きをしながら苦笑する霧野に、その逆ですよと狩屋は返す。
「霧野センパイ、何もしないでくださいよ。俺毎晩練習でヘトヘトになりますから、多分」
「しないよ。というより期待はしてたのか」
 不敵なもの孕ませた口調に狩屋は驚いて反論する。
「し、してませんったら!…うぅっ」
 霧野に頭を撫でられ、狩屋は首をすくめた。
「合宿が終わったらな」
「ん…は、はい」
 ころりと優しくなった霧野の言葉に思わず頷いて、ハッとする狩屋。その様子に霧野は笑い、ここオートロックだからと言い残し鍵を回しながら部屋を出ていった。
「な、なんだよ…もうっ!」
 狩屋は真っ赤な顔で扉を見つめていたが、思い出したように時計を見ると集合時間間近なことに気付き急いで部屋を後にした。

◆ ◆ ◆

「浜野センパイひどいですよ、ほんと!」
「確かにおまえには保護者役が居ないと無理っぽそうなのは分かるな…」
「はぁ?!霧野センパイまで?!」
「ちゅーか、狩屋はどことなく忘れ物したりするイメージあるんだよねぇ」
「一年生に狩屋くんは任せられません」
 速水は湯気で曇ったメガネをタオルで拭きながらあっさり部屋割りの理由をまとめた。
「それセンパイたちの勝手なイメージですから!」
 長くハードな練習も終わり、大浴場で汗を流した後の洗面所で盛り上がるのは狩屋の話。きっかけは霧野が浜野と速水に、狩屋と同室にした理由を尋ねたことだ。
 浜野たちの会話を聞いている限り、霧野と狩屋の真の関係に気付いている様子は無い。霧野も狩屋も内心安堵はしたものの、どうも狩屋は納得いかない様子だ。
「忘れっぽいなんて、心外です」
 プイッと膨れて歯ブラシを取り出す狩屋を見て二年生三人は笑う。
「あ…」
「ん?どうした、狩屋?」
 髪を梳きながら霧野は狩屋を覗き込んだ。
「は、は、歯みがき粉…自宅に忘れてきた…」
 浜野が腹を抱えて大爆笑する。
「ほらー、やっぱ俺たちの言った通りだろー!」
「う…」
「か、狩屋くん…ププッ」
 速水が必死に笑うのをこらえる。
 赤面してへの字に口を曲げたまま言い返せない狩屋に代わって霧野が二人をなだめた。
「狩屋だって初めての合宿だから忘れ物くらいするさ。浜野なんて去年は替えの下着一日分足りなくて風呂場で手洗いしただろ?」
「あはははっ、懐かしいです!」
 我慢できずに笑い出す速水につられて狩屋も笑う。
「うわ〜、恥ずかしいトコ突かれたわ〜」
 浜野は「そうだね〜」と頭をかきながら狩屋に謝る。それに続いて謝る速水に、狩屋は謝らないでくださいと慌てた。「ほら狩屋。俺の歯みがき粉使えよ」
 霧野がポーチから出した歯みがき粉を狩屋は申し訳なさげに受け取る。だが、歯ブラシにつけて歯を磨きはじめた途端ウッ…と動きを止めた。
「狩屋?」
 涙目で硬直していたかと思うと、狩屋はいきなり洗面器にぺっぺっと歯みがき粉を吐き出して口をゆすぎはじめる。
「か、狩屋くん…?」
「ちゅーかもしかして狩屋ってペパーミント苦手だったり?」
「そうなのか、狩屋?」
 頷く狩屋の目は涙で潤んでいた。相当苦手なんだな…と思いながら霧野は自分の歯みがき粉を手に取った。そこにはExtra Mintと書かれた文字。
「…一番からいやつか……知らなかったとはいえ申し訳ないことをしたな」
「だ、大丈夫です……ちゃんと見なかった俺が悪いですし…」
 タオルで口を拭いながら狩屋は口に広がる味に顔をしかめた。
「でも狩屋くんどうするんですか?合宿中の歯みがきは」
 俺のもミント味だから貸せませんし、と速水は言う。
「うーん…一年にイチゴ味の歯みがき粉持ってないか?なんて聞くのはさすがに恥ずかしいだろ」
「霧野センパイそれバカにしてるんですか?」
 違う違う、無意識だった。と笑って誤魔化す霧野に狩屋はハァとため息をつく。ひんやりした口内の感覚に寒気がした。
「ちゅーか確か神童のはオレンジ味かなんかじゃないっけ?」
 キャプテンの仕事が残っていてさっき入浴したばかりの神童の荷物を、本人の許可なしに浜野は漁りはじめる。
「確かアイツはオレンジミントみたいななんかの…お、あったあった。ほれ」
 浜野が見せたのはオレンジの絵が描かれた携帯用歯みがき粉。
「あ、それなら大丈夫です!」
「狩屋、神童に内緒で使っちゃいなよ」
「そうします」
 いそいそと他人の歯みがき粉を使う狩屋。
「神童くんってペパーミント苦手だったんですか?」
「苦手じゃないけど歯みがき粉がからいのは嫌いだってさ〜」
「そういえばそれ去年の合宿で言ってたな」
「てかこれ神童くんにバレたらヤバイですよ〜」
「俺たちが何も言わなきゃ大丈夫っしょ〜」
「霧野センパイも、神童センパイに言わないでくださいよね?明日の朝からはちゃんと神童センパイに聞いてから使いますから」
「はいはい」
 洗面器の前に戻ってきた狩屋が歯をみがくのを横目に、霧野はドライヤーの電源を入れた。

◆ ◆ ◆

 合宿も終わり雷門に戻ってきてすぐの休日。霧野は狩屋を自宅に呼んだ。呼ばれた狩屋はこの前合宿先で言っていたアレか…と恥ずかしながらも、期待を胸に霧野の自宅を訪れた。
 どちらかの家で過ごす日は、飽きるまでテレビゲームをして、だらだらと会話しながらマンガを読んだりしながら過ごす。そして大概触れ合ってみたり、一緒に昼寝をしたりする。
 狩屋から霧野を誘うことはあまりない。霧野からのときは、いきなり会話が途切れたと思ったら組み敷かれていたり、段々そういう会話になりながら始まったり、目が合ったら急に抱きつかれたり…狩屋はそういう恋人らしいことをする霧野のきっかけがあまり読めなかった。
 今日も霧野のことが読めなかった。家の人は誰も居ないから、と言われたかと思うと、玄関でいきなりキスをされた。
「狩屋…」
「は、はは…霧野センパイもしかして合宿中に溜まってたんですか?」
「そうかもしれないな」
 僅かに笑う霧野が逆に狩屋を混乱させた。
「せめて霧野センパイの部屋で…家の人帰ってきたらヤバイですよ」
「そうだな」
 霧野はカシャンと玄関にチェーンロックをかける。
「これで大丈夫だろ?」
「全然大丈夫じゃない…んっ…」
 もう一度霧野からキスをされて狩屋の言葉が途切れる。そのまま壁ぎわに追い詰められて、一層深く霧野に愛される。
「きっ、きりの…せんぱいっ……」
「かりや…」
 口を離して、今度は狩屋の髪に唇を落とす霧野。
「狩屋がずっと一緒で、俺どうにかなりそうだった」
 霧野にぎゅっと抱きしめられると狩屋はぼっと顔に火がついた。
「ちょっとは仕掛けてくれれば……別に、俺、霧野センパイのこと」
「狩屋に嫌われたくなかったからさ」
「う、霧野センパイのことだから…」
 俺の言葉なんか無視して合宿中少しは触れ合うのかと思っていた。
 狩屋はそう言いかけて、思い直したように口をつぐんだ。
「俺のことだから?」
「俺が霧野センパイのこと嫌いになるわけ…ないじゃないですか」
 口に残る霧野の味はいつもと違った。覚えがある。これは…
「霧野センパイだって…相当俺のこと」
「ん?」
「えっ!?いやっ、なんでもないです!」
 口を押さえて首に横に振るとなんだよとさらに霧野が詮索する。何かいい回避方法はないものか…霧野にじっと見つめられながら捻り出した言葉は、
「きっ、霧野センパイの部屋で言いますっ!」
「へぇ…ほら、あがれよ」
「は、はい…」
 墓穴を掘っただけだった。
 神童に借りたオレンジ味の歯みがき粉と同じ味をごくりと飲んで、狩屋は靴を脱いだ。



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つづきからくて甘い、恋の味

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