イナズマイレブン

□からくて甘い、恋の味
1ページ/1ページ

からくて甘い、変な味のつづき
__________


 俺は歯みがき粉を変えた。
 狩屋のことはなんでも知っていたつもりだったのに、こいつがペパーミント嫌いだったということも知らなかった。これがただの先輩と後輩の関係だったら、そんなこと知らなくても別にどうでもよかった。へぇ、そうなんだ、子供っぽいなと普段狩屋が見せるように意地悪く笑えば済んだのだ。
 だが、恋人という関係を築いているからこそ、この前の合宿先での出来事が俺には相当ショックだった。最低限把握していなければならない恋人の好き嫌いも分からないでいた自分がひどく情けないとすら感じた。
 だから歯みがき粉を変えた。からさが抑えてあるオレンジ味の歯みがき粉。正直歯をみがいた後の爽快感が無くてあまり好みじゃない。けれども今まで狩屋とそういうことをしたいかな、と思ったときはいつも歯をみがいて会っていた。せめて狩屋と会う日くらいは、このオレンジ味で我慢しようと決めた。
 鏡の前で歯をみがきながら、今まで嫌いな味を味あわせていた申し訳なさに胸が痛んだ。口に広がるオレンジ味を味わいながら、神童から歯みがき粉を借りていた狩屋を思い出す。俺は神童に軽く嫉妬しているのかもしれない。たかだか歯みがき粉を借りるためだけの些細な会話に。我ながら幼稚臭いな。
 親友に対して負な感情は抱くべからず。嫉妬心を払拭するようにぺっと歯みがき粉を吐き出し、口をゆすぐ。
 濡れた口まわりをタオルで拭っていると、タイミング良く玄関のチャイムが鳴った。
「はーい!」
「霧野センパイですか?狩屋です」
 扉越しにくぐもった狩屋の声。部活には時間ギリギリに来るくせに、うちに来るときは5分も10分も早く来る狩屋はまったく可愛いやつだ。
 玄関を開けると、真夏日な今日らしい軽装した狩屋が立っていた。だらだらと汗を流し手で扇いでいた狩屋は、俺の顔を見るといらずらっ子が悪巧みをする時みたいな彼特有の笑みを見せ、おじゃましますと家に入ってきた。
 と、汗の臭いをかきけすように、強く香る狩屋の衣服が湿った風に乗って俺の鼻腔をふわりとくすぐる。そんなことだけで、触れたくて触れたくて溜まっていた気持ちが収まらなくなった。玄関の扉を閉め、たまらずキスをする。
「狩屋…」
 名前を呟いてみると、一層愛しさが溢れて、ここで愛し合ってもいいかな、と思った。
「は、はは…霧野センパイもしかして合宿中に溜まってたんですか?」
 だが、やはり狩屋本人は混乱している風で、俺はぐっと冷静さを取り繕うように笑ってみせる。
「そうかもしれないな」
「せめて霧野センパイの部屋で…家の人帰ってきたらヤバイですよ」
「そうだな」
 要するに邪魔者が居なければいいのだ。手を伸ばしカシャンと玄関にチェーンロックをかける。
「これで大丈夫だろ?」
「全然大丈夫じゃない…んっ…」
 我慢できない。反論を拒むように再びキスする。そのまま玄関の壁に追い詰め、抱き締めるように体を固定させ、ちゅっと舌先を吸ってみる。
「きっ、きりの…せんぱいっ……」
 びくっと肩を震わせる狩屋の顔が見たくなって口を離した。
「かりや…」
 狩屋の髪に唇を落とす。前に狩屋の家に泊まりに行ったときと同じシャンプーのにおいがする。
「狩屋がずっと一緒で、俺どうにかなりそうだった」
 強く抱きしめると狩屋の体が一気に熱を帯びた。
「ちょっとは仕掛けてくれれば……別に、俺、霧野センパイのこと」
「狩屋に嫌われたくなかったからさ」
 わざとそんな風に言ってみる。本当は俺も合宿での練習で結構疲れていて狩屋と何かする元気がなかっただけだ。
「う、霧野センパイのことだから…」
 狩屋はそう言いかけて、口をつぐんだ。
「俺のことだから?」
「俺が霧野センパイのこと嫌いになるわけ…ないじゃないですか」
 言い直した狩屋に、体を離し表情を見るかぎり、どうやら狩屋は気付いたようだ。
「霧野センパイだって…相当俺のこと」
「ん?」
「えっ!?いやっ、なんでもないです!」
 茶を濁す狩屋に、大体の言葉が予想できた。でもやはり狩屋本人の口から聞きたいもので。狩屋が続きを言うのをじっと待つ。
「きっ、霧野センパイの部屋で言いますっ!」
 狩屋はいつ俺の家族が来るのかも分からない此処は嫌なようで、早く部屋に通してくれと困った表情をしていた。
「へぇ…ほら、あがれよ」
「は、はい…」
 墓穴を掘ったのは見え見えだった。それはそれで面白い。狩屋を中に招く。狩屋はサンダルで来たらしく、フローリングにぺたぺたと足音をたてた。
 どう狩屋に聞き出そう、狩屋はなんて言うのだろうか。ふつふつと妄想が浮かび上がっては消える。
「霧野センパイ部屋ここでしょ?」
 怪訝そうに見る狩屋にはっとして自分の部屋を通り過ぎていたのに気付く。きっと緩みはじめたみっともない顔をしていたんだと思う。恥ずかしさは笑って誤魔化す。
 先に俺の部屋に入る狩屋に続き、そのまま後ろから抱き締めてベッドに倒れこむ。我慢の限界なことに変わりはない。
「うわっ!ちょっ、霧野センパイっ……」
「早く続き言って」
 俺の下でもがく狩屋の苦しそうな顔を楽しみながら、途切れた言葉の続きを催促する。俺の言葉を聞いた狩屋は途端にもがくのをやめ、しゅんと一回り小さくなった。何も言えなくなった狩屋を待ちきれなくて耳元に息を吹き掛ける。
「ほら、」
「っうぅ……」
「狩屋?」
「重いです…」
「言うまでどかないからな」
「じゃあいいです、ガマンしますからっ」
 ちぇーっ、今日の狩屋はいつにも増して恥ずかしがる。それくらい俺に気持ちを伝えるのをためらう狩屋なのは、この関係がはじまった日から知っていることなのだが。
「俺の部屋で言うって言った奴だーれだ?」
 にこやかに語調をあげると狩屋がようやく重々しく口を開いた。
「霧野センパイは、もっと自分らしくしていてください。こ、こういうの…余計なお世話ですよ」
「……は?」
「ほら、言いました。どいてください」
 何を返せばいいのか分からず戸惑う俺を、狩屋はやんわりと押してベッドに座った。狩屋に対峙するように、俺もあぐらをかいた。
 そのまま嫌な沈黙が続いたので、あーっと言葉を切り出してみる。
「そんなに嫌だったか?」
 歯みがき粉、とは言わず尋ねて見ると狩屋は俺から目線を反らしたまま頷く。瞬間俺の中で心臓が早鐘を打った。嫌われた。そのことだけが頭の中を駆け巡り息が詰まる。
 具合が悪くなるほど気持ちが落ちた俺に気付いていない狩屋は口を開く。
「……ペパーミントが嫌いだってこと、霧野センパイにガキっぽいって笑われたくなくて…知られたくなかったんです」
 笑われたくない。嫌という単語が入っていなかっただけ救われたと感じた。
 しかし狩屋を笑うだなんてそんなこと……いや、していたかもしれない。声だけは一丁前に男っぽくなっているが、身長も俺より小さい狩屋のことを、本気でからかったことはない。でも狩屋は今まで俺が子供っぽいと言ったこと全て気にしていたのだとすれば…
「ごめんな」
 自然と口から言葉がこぼれた。歯みがき粉のことも、良かれと思ってやっていたことだけに、申し訳なさで自分でもみっともないくらい声が震えた。
「あっ、謝らないでください!俺別に霧野センパイのこと怒ってるワケとかじゃなくて!その、えっと…今まで言えなかったのは、ただ…恥ずかしくて…」
 早口でまくし立て慌てる狩屋が段々しりすぼみになっていく様子にくす、と思わず笑ってしまう。
「笑わないでください」
 むっと睨みつける顔も語調もいつもの狩屋だ。
「はは、ごめんごめん」
 安堵しながら、俺もいつも通りに笑う。それにつられたのか狩屋も笑みを見せた。
 よかった。口には出せなかったが心の中でつぶやいた。そのまま流れで唇を重ねる。何故だか面白くなってくすくす笑い続けていると狩屋からくすぐったいから辞めろと可愛い悪態をつかれた。
 それも数回キスを交わすとお互い言葉少なになり、狩屋を味わいたいと唾液を吸うように口腔に舌を忍ばせると、狩屋の喉から甘い声が漏れた。俺もこいつも気持ちが高まってきて、再び二人でベッドに倒れ込む。
 戯れのようなキスや、求めるようなキスを幾度か繰り返す。狩屋から口を離して桃に染まった頬やまぶたに小さなキスをしていった。その俺の唇と狩屋の肌が触れ合う度に狩屋が小さく声を漏らし、気持ち良さげにため息をついた。
「狩屋さ、」
 耳を甘噛みしながら話かけると狩屋は気持ち良さそうな顔のままこちらに目を向けた。
「ペパーミント克服中なのか?」
 そういえばさっきのキスで何かおかしいと思ったことを尋ねてみる。
「ん…今さら気づいたんですか?いつまでもガキでいるのは嫌ですからね」
「ふぅん」
 確かめるようにもう一度狩屋に口づけるとほんのり甘いペパーミントの味が確かにした。
「ふっ…ん……なんか、今…霧野センパイの方がオレンジ味でガキっぽいですね」
 ニヤっと笑う狩屋に俺も笑顔を返してやり、ためらいなく狩屋の股間に手を突っ込んでやる。
「ひゃっ!?んんっ!ちょっ!!」
 慌てて俺の手を押さえるが不意打ちに力が入らないようで、無言のままぎゅううっとそれを握ってやる。
「あ〜、すみません!すみませんったら!そんな強く握んなっ!ああーっ!!」
 びくびく体を震わせながら狩屋がいつにも増して声を荒げる。 そんな様子に思わずぷっと吹き出してしまう。
「おまえ雑に扱われた方が興奮するのか…?」
「……すみませんでした。も、もうこれ以上はやめてください…」
 腕で顔を隠しながら許しを乞う狩屋は肯定しているようなものだった。
「へぇ〜、意外だな」
 頷きながらもう一度手荒く狩屋をいじってみる。
「霧野センパイ俺怒りますよっ、ひっ!ああ、もうっ!んっ…あっ…」
 いつもより早く乱れだす狩屋に俺もつられて興奮してくる。自分の下腹部に手をやるとすでに熱を帯始めていた。狩屋は口ではやめろやめろと言いながらも、本気で抵抗をしてこないのだから気持ちいいのだろう。
「顔見せろよ」
「は?や、やですよっ…んぅっ!」
「腰浮いてるぞ」
「そっ…んなの、ぁっ…いちいち言うなっ」
「気持ちいい?」
「……はい」
 狩屋はこくりと頷いた。その愛くるしさにぞわぞわと俺の体は熱くなった。思わず舌舐めずりしてしまう。
 そろそろ脱がすか。狩屋のズボンに手をかけた瞬間玄関のチャイムが鳴る。突然の展開に俺も狩屋も動きが止まる。
「あ…」
 狩屋が腕をどかし俺と目を合わせる。
「ばか、居留守使うぞ」
「そっか、その手がありまし―――」

「蘭丸ー!!母さんよー!チェーンロックかかってて入れないのー!!開けてー!」

「…………」
 あの時かけたチェーンロックか……。
 頭を押さえ、俺は自分を呪った。
「……霧野センパイのバカ…」


おわり!

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ