イナズマイレブン

□予定の埋まったクリスマス
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 ……果たしてこれは脈アリと取っていいのだろうか。
『今月の24日空いてますか?』
 携帯のディスプレイに表示されているのは、昨夜狩屋から突然送られて来たメール。その日が何の日かろくに考えもせず、空いてるけど何かあるのか?と速攻返信してしまった。
「霧野はそういう所本当に疎いよな」
 返信したはずなのに狩屋からの連絡がぱったり途切れ、困った俺は今日の昼休み神童が好きな学食のあんパンを献上して助けを求めているのである。
「だって今までクリスマスとか普通に部活だったし…」
 それはそうだけど…と神童はあんパンをひと噛りした。
 今年のクリスマスは円堂監督の意向でクリスマスはイブも含め二日ともオフなのだ。きっと奥さんが絡んでいるのだろうなと俺は思っているが、このむさいサッカー部でクリスマスがオフになって喜んで居るのはパーティーが出来るねとお気楽な1年生と、他校に恋人が居るらしい神童くらいである。浜野も速水も彼女が居ないクリスマスなんてどうすればいいんだなんて騒いでいたし、あいつらより騒ぎはしないが俺だって正直何もないクリスマスは楽しくない。
「何よりおまえと違って恋人なんて居たことないし」
 所謂リア充な神童に少し皮肉を込めてみると神童の目付きが途端に冷たくなる。
「……もう相談乗らないぞ」
「あはは、冗談だって。あんパン買ったんだし助けてくれよ」
 両手を合わせて頭を下げると拓人は悪態を少しついて俺に向き直ってくれた。

◆ ◆ ◆

 1年生のフロアで腕組みして教室から部室へ向かう狩屋の出待ち。狩屋のクラスは1年生の中でも終りのホームルームが長いようで、他の組の生徒たちがじろじろと俺のことを見ている。こそこそと雷門の美形エースディフェンダーだと囁く声が俺に筒抜けだが、そんなことはどうでもいい。昼休みに言われた神童の言葉を頭の中で反芻する。
「でもこうなると直接狩屋に聞いた方が早いんじゃないか?」
 あの無責任に払ったあんパン代105円を返せ!
 そう言いたくなる気持ちを貧乏揺すりをして発散する。本当はなにが起こるのか分からないことが怖くて狩屋に直接尋ねたくなかっただけだが、やっぱりそれしか一番手っ取り早くて良い方法がなかったのだと思い知らされた。申し訳ない気持ちはあるが、今はこうやって神童に苛々をぶつけなければ不安で仕方なかった。
 クリスマスの日は狩屋と何をするのだろうか。神童が当日するように日が落ちた都心に出てイルミネーションを眺めるのだろうか。
 男二人で……にわかには信じられないが、神童の恋人は男性だ。あまり詳しく話してはくれないがそれでも上手くやっていっているらしい……。そういう世界もあるのかと他人事のように思っていたが、いざ自分が同性と付き合うなんて考えてみると全く想像がつかない。
「狩屋と…お、俺が……」
「霧野センパイ何してるんっすか」
「!!か、かか狩屋!?」
 後ろから聞き慣れた声がして、びくっと肩が跳ねる。振り返ると胡散臭そうな顔をした狩屋がこちらを見上げていた。どうやら俺はずっと狩屋の隣のクラスを張っていたらしい。恥ずかしい。
「1年の階でどうしたんすか?天馬くんたちならもう部室棟行っちゃいましたよ?」
「いや、今日はおまえに用があってさ…昨日のメールの…」
 変に狩屋を意識してしまうと、逆に狩屋に怪しまれてしまう。そう思い努めて普段通りを装うが、たどたどしい口調になってしまった。
「あれ…?」
 狩屋は携帯を取り出し少し弄ったのち、ああースミマセン、と笑う。
「昨日寝落ちしちゃって。しかも霧野センパイのメール返信したつもりでした」
「……」
 寝落ちに返信したつもり、これでは悩み損ではないか。
「24日空いてるんですよね?買い物に付き合ってください」
「そんなの一人で行けよ」
 脱力してしまい、面倒臭くなる。
「えー、頼みますよ」
「しょうがないな……」
 24日に予定がないと返信してしまったので今更無下にも断れず結局承諾してしまう。
 良かったと安堵する狩屋の滅多に見せない純粋そうな顔に、思わず、おっ、と驚いてしまった。
「?……どうしたんですか?」
「いや。俺、先に部活行ってるから」
 俺は慌ててその場を後にした。サッカー棟へ歩きながら、そういえば何を買うのかと聞きそびれてしまったことを思い出したが、そんなこと24日になれば分かることだからあまり気にしなかった。

◆ ◆ ◆

 せっかくクリスマスプレゼントにするんだから、と季節を感じさせるトナカイの柄が可愛らしいネクタイを選ぶ。
 狩屋は、ヒロトさんこういうネクタイしてるところ見たことない…と迷っていたが、だからいいんだよ、と俺の押しに乗ったのかそのネクタイを購入した。
 他に用事は無かったので俺たちは30分程度でショッピングモールを後にした。
「結構早く決まったな」
 携帯で時刻を見て空を仰ぐ。からりと澄んだ空に、白い月が徐々に存在感を露にしてくる。
 結局狩屋の買い物と言うのはお日さま園のヒロトさんへのクリスマスプレゼント選びだった。学校帰りにそのまま寄った都心部はまだ夕暮れ時で明るいのにも関わらずイルミネーションがきらきらと街を彩る。
 クリスマスイブなんだなぁとため息をつくと白い煙が流れた。空気に溶けるように消えた吐息に寂しさを覚えると、ぶるりと背が冷えた。緑色のマフラーを巻き直していると、ネクタイの入った箱を抱えた狩屋が綺麗ですね、と街に目を移し呟く。
「ああ、イブだからかな……いつもより綺麗に見えるな」
「霧野センパイ……」
 突然足を止めた狩屋に、俺は踏み出しかけた足を止めて狩屋を見た。思いつめた狩屋の顔がすぐにニヤリと笑みをせる。
「もしかしてクリスマスだからって、期待していたんですか?」
「なっ…ばっ、バカ!そんなことっ……!!」
 不意討ちで思いきり図星を突かれた。動揺を隠せないでいる自分に、外を歩いて冷たくなった頬がみるみる熱を帯びた。
 同性に、後輩に、少しでも期待を抱いて、悩んだり、相談をしたりした自分が頭の中を駆け巡る。ちょうど走馬灯のように。
「あの、俺っ…別に、そそそそんなっ…!」
「うれしいです」
「っ!!」
 唇が、狩屋の唇が。俺の口の端にちょんと触れた。二人の世界に入っているであろうカップルが占める街中に、俺たちの行動を気にとめる者は居なかった。
「か、かり……」
「霧野センパイ、好きです。付き合ってもらえませんか?」
 またまた不意討ち。何より急展開すぎて意味が分からなかった。
「別に、ヒロトさんへのクリスマスプレゼントを一緒に見てもらう人なんて、霧野センパイじゃなくても良かったんですよ」
 その言葉の真意に気付いて、俺は恥ずかしさに肩をすくめてマフラーに顔を埋めた。
 狩屋は俺の返事を待ってそれ以上何も言わず、ズレた桃色のマフラーを直した。
 期待……していたんだ、俺。そうじゃなきゃ、あんなに悩むわけも、動揺するわけもないじゃないか。
「つ、付き合うって…つまり…こ、恋人的な?」
 分かりきっていても確認をしてみる。予想通り頷く狩屋。
「さすがに鈍感な霧野センパイでも、イブに予定聞いてくるなら可能性考えないわけないと思って」
 軽くバカにされて俺はマフラーの下で口を曲げた。ああ、でもそんな皮肉も許せてしまう自分が居て、面白くなって笑みに変わる。
 目尻で表情を読んだのか、狩屋が口を開く。
「明日のクリスマス、空いてますか?」
 緊張しながらゆっくり頷くと、狩屋はぱっと明るい表情を見せた。それは初めて見る恋人の笑顔だった。



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メリークリスマス!

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