イナズマイレブン

□僕の苗字を君にあげる
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 高校三年生の夏休み、デート場所を訊ねると真面目な拓人は大体学校で勉強会をしようと言った。受験勉強は早めが勝利のカギなど言われると大和も無下には断れず、拓人と一緒だったらいいかと夏課題と赤本を手に、私服カップルの中を制服に身を包み学校へ行く。
 休日の学校で唯一空調の効いた図書室が満席だっため、開き教室で机を合わせ、窓を開けセミの鳴き声がうるさい蒸し暑い中勉強を始めた。そんな地獄のような環境に1時間もしないうちに集中の切れた大和は向かいでノートに向かう拓人を眺めた。ふわふわの前髪をヘアピンで上げ、大和と同じようにつるりと卵肌のおでこを出している。長いまつげはぱちぱちまばたきする度小さく揺れた。可愛いな、と大和の顔が徐々に緩む。
「なに、大和?」
 視線に気付いたのか、拓人は手を止めないまま尋ねる。
「え、いや……可愛いなって思って」
「なにそれ、変なの」
 可愛いと言われても照れも喜びもしない拓人は新しいプリントに名前を書き始めた。そういう所が他の女子とは違って大和を惹き付けるのだが、拓人自身はそんなこと知らない。
「なぁ、どうして拓人の名前は神童って言うんだ?」
 クセのあまりないまとまった筆跡を見ながら大和が話題を変える。
「私のご先祖様が領主だった頃、小さい年で領主になった人が居たの。その人が領土を広げたり国を揺るがすほどの権力者になったからだって。だから神童」
「へぇ」
 でもね、と拓人は続ける。
「18にもなって神童だなんて、本当は恥ずかしいんだ。高校生になったときも、苗字を二度見されたりしたし。もう慣れっこになったんだけどね、きっとこの先ずっと面白い苗字だって言われるんだろうね」
 選択肢を丸で囲み、拓人はふふっと笑った。
「じゃあ千宮路になれば?」
「そうだね……えっ?!」
 何気ない大和の言葉に拓人は頷いてしまうものの、すぐ目を丸くして大和を見た。大和も拓人をじっと見つめたまま真面目そうな顔をしているので、拓人はみるみる自分の顔が赤くなるのを感じた。
「結婚しよう」
「や、大和?」
 突然のプロポーズ。拓人はなんと返していいのか分からず、思考が一瞬にしてこんがらがる。お互い真っ直ぐ見つめあったままなのに、混乱する拓人とは対照的に大和は至って冷静であった。
 大和は机の下で震える自分の手をぎゅっと握りしめ緊張を抑えていた。変なタイミングに大事なことを言ってしまったのは自覚している。だが、拓人とはずっと前から結婚したい気持ちはあった。
 セミの鳴き声だけが延々と続く空間の中で、ようやく拓人が口を開けた。息を大きく吸って吐き出す様子が、大和にはため息にしか聞こえずさらに緊張が高まる。
「…今度は……指輪もちょうだい」
 恥ずかしそうに伏せた目。そこには喜びが確かにあって、大和は泣きそうな顔でああ、と強く頷いた。
「今は、これで我慢してくれ」
 机上に大和が差し出したのは微かに震える小指。拓人はシャープペンを置いてその小指に自分の小指を絡めた。
「うん。待ってるね、大和」

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