イナズマイレブン

□ユートピア 迷走
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ユートピア 共存のつづき
__________

「このまま手を抜かずに行けば手の届く場所でしょう」
 ……くだらない。
「そうですか、良かった。もっと難しいものだと思っていましたから」
 最近すべてにそう感じてしまう。
 いや、最近じゃない……
「いいえ、最近の大和くんは成績も伸びてきていますから……ただ、油断は禁物ですよ?」
 返事を促すような担任の物言いに、現実に引き戻された俺ははいとだけ返す。そうして何度目にかなる三者面談は、とくに怒られることなく終わった。俺の進路のことなのに、俺ははいとかそうですかくらいしか喋らなかったから二者面談のようなものとなんら変わりない気がした。
 高校三年生の夏なんて、苦しい以外の何もない。言われるままに勉強をして、大学を目指すだけの日々。担任から大丈夫と言われて俺より上機嫌なオヤジの先ゆく背を見ながら秋、冬と先を考える。どっかの大学に進んでみても、この先特に面白みがない気がしてならない。
 放課後の面談だったため、駅には向かわずオヤジが乗ってきた車に乗り込む。空調の効かせた車内にはいつもの革のにおい。
「今日は家で食べたい?外にする?」
「どっちでも」
「じゃあ外にしよう」
 オヤジは運転手に何か告げて、車は学校をあとにした。
 フィフスセクターが解散して、ドラゴンリンクも解散した。散り散りになったチームメイトの今を俺は知らない。知りたいと思ったことはあるが、ケータイにあいつらの番号は登録していなかったし、わざわざオヤジに聞く気にもならなかった。
 思い返してみると、ドラゴンリンクでの日々に、サッカー以外の思い出は見つからなかった。勝つことに固執したロボットのような集団。フィフスセクターの模範。一人になってようやく、俺とあいつらの繋がりなんて、サッカーしかなかったんだと気付かされた。あいつらの今を知って、会ったとして何を話すわけでもない。むしろ何を話せばいいのか分からない。
 あいつを除いて。
「なにしてんだろ……」
 窓の外を眺めながらふいに呟いた言葉に、子離れ出来ない唯一の肉親が反応する。
「どうしたんだ、大和。何か進路に不安があるのか?」
 いや、進路のこととかこれっぽっちも考えてなかったよ。
「あー…あんま、大学生になる実感なくて……」
 話を合わせなければ面倒だと思ってしまったのはいつからか。ドラゴンリンクのキャプテンになって、オヤジが監督になって、指示がメンドクサイって感じてしまってからだったかな……。
「大和なら大丈夫だよ。ドラゴンリンクでもうまくやっていたじゃないか」
「……」
 嫌な沈黙が流れて、居心地悪そうな咳払いが聞こえた。ドラゴンリンクで、うまくやっていた……俺が…そうみえたんだ、オヤジには。だから受験もその先もいまくやれる。なんて、そんな根拠のない発言はいらない。
 受験生だから、気持ちが不安定なんだと思い込んでほしい。ずっと行方を捜したくて、それでも動けずにいる臆病な俺の心を、人に気付かれたくなかった。
 気付けば街中を進む車。行き交う人を見ればお洒落に着こんだ老若男女が増える。
「───あ!!」
 それはほんの一瞬で過ぎ去った。けれどもあの馴染みある姿を片時も忘れたことがない。
 護巻(あいつ)だ。
「ど、どうしたんだ、大和?」
「いや。な……なんでも、ない……」
 心臓がひっくり返ってドキドキ音を早めて、唇がぞくりとして思わず強くその唇を噛む。懐かしいタバコのにおいが蘇って、何故だか目頭が熱くなった。

 その後の食事の味も、会話も何も覚えていない。
 目に焼き付いた護巻の姿、相変わらずタバコ吸って、不良みたいなカッコしてた。

◆ ◆ ◆

「バカみたいだな…俺……」
 夏だというのに、冷たい雨だ。
 突然の豪雨に、俺の立つコンビニにはたくさんの人が駆け込んでくる。
 一週間になる。あの日護巻を見た場所で、オヤジに心配の電話をされるギリギリまでずっと立って待っていた。
 結局護巻の今について何もオヤジに聞けないで、こうやって一縷の期待を待ちつづけている。聞いたところで知らないと返される予想もきっと当たっているだろうし、その質問を機に余計な詮索もされたくなかった。
 あれって本当に護巻徹郎だったのかな。人違いだったらどうしようか。
 一週間もコンビニの前つっ立ってると、そんなことをよく思う。
 人違いであってほしい。護巻であってほしい。どっちでいてほしいのか自分も分からない。ただここで待って、もし護巻に会って、何を告げるのか。
 殴りたい。一発。ただそれだけ。誰のために殴るのか。セングウジカントクのためじゃなくて、俺のために、殴りたい。傘を握る手にぎゅっと力を込める。あの日のあと、俺から逃げて二度と姿を現さなくなった理由を問い詰めたい。
 折り畳み傘とビニール傘行き交う中ぼーっと向かいを眺める。さらに雨が激しくなって、知らぬ間に人通りはめっきり減った。
「……」
 そんな中、パーカーのフードを目深に被る男。もう濡れたしいまさら、とでもいうように傘もささずにゆっくり道を歩いている。その姿にざわりと胸が騒いだ。
「まさかな……」
 それでもその男が目について、気付けば俺はそいつの後を追っていた。もしかして、もしかするとあいつは……
 点滅する信号を急いで渡ってそいつのあとを追う。数メートル先を行く背中をつけていくと道の狭い住宅地にたどり着いた。
 なおも雨はやむ気配を見せないまま、男は寂れたアパートの階段を登った。咄嗟に俺は物陰に隠れる。
 階段を登りきった男は、ポケットに手を突っ込んだ。タバコに火を点けて、2階の一室を開ける。すると女性が出迎えた。金髪の軽そうな女。男は女に抱きつかれて、ふいなことによろけてフードが脱げた……
「やっぱり…」
 やっぱり護巻だ。
 怖くなって思わず背を向ける。心臓が締め付けられるように痛い。思わずワイシャツ越しに胸を掴む。
 こんなにも簡単に見つけてしまうなんて。
 4年ぶりに見る護巻は、相変わらずタバコ吸って女遊びにうつつを抜かすバカだった。
「ふっ……はは」
 勝手に笑いが込み上げる。長らく動いていなかったとはいえ、行方を捜していた人。
 また知らない女とそういうことをして、きっと学校にも行ってない。あいつはいつも俺の知らない道を歩いてる。
「なんだ、元気そうで……よかっ…」
 ……よくない。
 全然、よくない。
 あいつにとって遊びのキスだったとしても、俺にとっては……。
 唇に残るあの感覚。忘れたくてもずっとここにこびりついて忘れることなんてできなかった。同時に沸き上がってしまった感情は、どうにかしたくてもどうもできずに引きずってきた。
 もう一度アパートを見るとすでに戸は閉まっていた。

 家に乗り込んで殴ってやろうと思ってたはずなのに、俺は冷えた体で自宅の玄関にて家政婦に出迎えられていた。
「おかえりなさい、大和くん」
 臆病者だな、俺って。
「ただいま」
 会いたくて仕方なかった。会うのが怖かった。でも会いたかった。結局遠巻きにその姿を見るだけ見て逃げた。
 それなのに護巻の自宅への複雑な道順は、正確に把握していて、なおのこと自己嫌悪に陥ったことは言うまでもない。
 そうしたら、高熱が出て、それから一週間家に閉じこもるはめになった。

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