イナズマイレブン

□我が愛しの霧野蘭丸
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 最近雷門町に衝撃を走らせた中学生連続誘拐事件。今まで二人の中学生が行方をくらませた。狙われたのはどちらも雷門中学校の学生たち。一人目は二年生の帰宅部男子。
 先日二人目の被害者となったのは三年生の女子。彼女は熱狂的神童ファンの中でもリーダー格で、神童ファンの中でもお嬢様的立場の人だった。あまりファンの存在に慣れない神童であったが、今回彼女が姿を消したことは、神童自身かなりショックを受けたようだ。
「好意とかそういうのじゃないんだ…でもいつもいた人がいきなり居なくなったって考えたら……怖くて」
 神童は泣きながらぽろりと霧野に苦悩と恐怖を吐き出す。霧野は、きっと無事見つかるから信じようと根拠のない言葉で親友を励ますことしかできなかった。

 この事態があって、明日明後日の学校は急遽休みとなった。部活の方も事が事なので当面の間は自粛、各自しっかり自宅でのトレーニングを欠かさぬようと鬼道は言った。
 その下校。神童と霧野はいつも通り二人で通学路を歩いていた。
「学校も部活も休み…きっと外出も許されないんだろうな」
「ああ、狙いは俺たちだからな」
 さらりと恐ろしいことを言う神童に霧野は寒がるように組んだ両腕をさする。
「何縁起でもないこと言ってんだよ。それはそうだけど…」
「一人目の男子。確か去年霧野と同じクラスだったよな…」
 いきなり話題を変える神童に霧野はそうだけど?と読めない話の先を促す。
「あいつ確か霧野のこと好きだったって噂あったよな」
「ああ、そのことか。あったけど、あいつ自分がゲイだって言い触らしてたからネタかなんかだろ。まったく、当時は困ったんだぜ?付き合ってるって、俺までゲイ扱いする噂も流れたからな」
 昔話を懐かしむように語り、霧野は苦笑いする。
「そいつは本当に霧野のこと好きだったんだよ」
「え?今なんて言った?」
 早口で呟いた言葉が聞き取れず首をかしげる霧野。なんでもないよ、と笑って誤魔化され霧野は変なの…と思ったがそれ以上詮索することもなく話はまた変わっていった。

 しばらく歩くと高級住宅街が多くなり、神童邸に着いた。霧野はそれじゃあと手をあげたが、神童はその手を両手で包み込む。
「なに?」
「うちでお茶でもしていかないか?一人で帰るのは危険だから、うちの車に乗っていけよ」
「そんな、家の人に悪いだろ」
「俺と別れたあと霧野が誘拐されたらどうするんだよ」
 神童は心配そうな顔を霧野に見せる。そうするとなんだか断るのも気が引けてしまい、本当は一人で帰ることに対する恐怖があったので、じゃあ…と頷いた。
 部屋にあがり、使用人が持ってきた紅茶を一口飲む神童。霧野はパステルカラーの可愛らしい角砂糖を二つ入れ紅茶を飲んだ。
「なんだかいつも悪いな」
 いつも神童の家を通るので、よくこうして寄っていることを思い、霧野は謝る。
「気にするなよ。俺だってよく霧野の家に泊まりに行ったりするじゃないか」
 神童はくす、と笑う。
「ああ、そうだな。誘拐事件が落ち着いたらまたうちに泊まりに来いよ」
「そうさせてもらうよ。おかわりいるか?」
 空になった霧野のティーカップを見て神童がポットを手にする。
「いや、大丈夫だ。なんだか少し眠くてな…」
 あくびをして霧野はソファにもたれる。
「疲れがたまってるんだろ、ちょっと横になれよ」
「ああ、悪いな」
 言うが早いか霧野はすぐに深い呼吸をはじめ眠りに就いた。
「霧野ー……」
 神童の呼び掛けに全く気付いていない。神童は困ったようにため息をつき、口元に笑みを浮かべた。

◆ ◆ ◆

 耳障りな音がかすかにする。まるで黒板を引っ掻くときに鳴る音のような。
 そんな不快な音に睡眠を邪魔されてしまい霧野はゆっくりと瞳を開けた。
「ん……?」
 そこには霧野の予想しなかった風景が写し出されていた。
 先程までいた神童の自宅からは連想できない部屋。薄暗く閉ざされ、壁は鉄色をしていて酷く殺風景で冷たいイメージを受ける。
 霧野に背を向ける形で、親友は立っていた。見慣れた姿を見つけ霧野はほっと安堵し、体を起こす。
「しんどっ……!!」
 グイッと首が引っ張られ思わず咳き込んでベッドに倒れる。いや、ベッドという言葉は当てはまらない。固いそれは検視で死体が寝かされているような、決して睡眠を目的に作られたものではない。
 首に何かはめられている。確認しようと伸ばしかけた手も拘束されていた。足も、ぴくりともせず背中からじわりと嫌な汗が出る。
「神童!神童なんだろ!?なんだよこれ!?助け…」
 振り返った神童の顔に霧野は言葉を詰まらせた。こんな場所、こんな状態には似つかわない顔を彼はしている。彼は日の下で見せるような普段どおりの笑顔を向けていた。
 恐怖で、心臓が壊れそうなほど狂ったように鼓動をあげた。
 神童はゆっくりと霧野に近づいてくる。霧野はその手に先程まで聞こえていた不快な音の正体を見つける。
「神童、変な冗談はよせよっ…!て、手が込みすぎだぞ!」
 あくまでこれは冗談。笑おうとするも霧野の顔は引きつってしまい動かない。
 霧野の目の前に立った神童は何も告げないまま、手にした刃物を前触れなく霧野の手首に突き立てた。
 痛みが先か恐怖が先か、悲鳴を上げる霧野。逃れたくて手を動かすと突き刺さった刃物が手首の骨に当たり血管が更に切れる。
「なにすんだよぉ!!しんどう!!やめてくれ!!」
 何も言わない神童が更に霧野の恐怖を煽る。手首から溢れている血を見る勇気もなくて、生ぬるい液体が制服に染みていくのを感じる。
 ようやく神童は表情を変えた。笑顔が真顔になり、刃物を引き抜く。
 刃渡り20センチもあろうかそれは先だけを赤く濡らしており、刺された現実を突き付けられた霧野の呼吸は浅く早くなる。
「や、やだ…やめろ……なんでこんなこと……」
「霧野…」
「やめて……離して…俺が、何したっていうんだ………」
 顔を歪めてぐずぐず泣き出す霧野に、神童の手が触れる。びくっと霧野が怖がるが神童は構わず頬を擦り涙を拭った。
「霧野、俺…ずっと昔から霧野のことが好きだったんだ」
 いきなり何を言いだすのか、と霧野は目を見開いて親友の顔を見る。話が分からないと顔に書いており神童は再び笑って続ける。
「俺とおまえは親友だったから、怖くて告白とか出来なかったんだ……でも、今なら言えるんだ。俺とおまえの邪魔者は、もう居ないから」
 瞬間霧野の頭に浮かんだ二人の人物。霧野に好意を寄せていると公言していた男子生徒。神童の熱狂的なファンである女子生徒。
 霧野は口の中がカラカラに渇いているのに気付く。真相を知ってしまった恐怖に頭は真っ白になる。
「しん、ど…う……おまえ…」
 無理矢理捻りだした言葉に神童は大きく頷く。
「二人とも、俺が殺した」
 信じられない。霧野は声が出せず息を飲むしかできない。犯人はこんなに近くに居た。そしてそれは唯一無二の親友。
 気が遠くなる。貧血のように歪んだ視界の中神童は再び動く。
 ためらいもなく刃物で霧野の衣服を破る。抵抗もできず引き締まった上体を晒された。そして神童は腹に刃物をあてる。
「や、やめろッ!!」
 上ずる悲鳴も虚しく部屋に響くだけで、神童は縦に腹を裂いた。
 痛みと恐怖の交じりあうかつてない感覚に霧野は全身を震わせながら、痛い、やめてと悲鳴を上げ続ける。
 神童は霧野の表情に何一つ興味を示していないようだ。彼は刃物を投げ捨てた。カランと固い音を立てて部屋の暗がりに消える血濡れた刃物。両手で腹を開く。血に濡れた内臓を食い入るように見る暗い瞳。
 脈打つように機能する腸、肝臓に絡まりつく太い血管。どれしも神童の興奮を高めるにも十分すぎた。
 待ちわびた日がついに訪れた。神童は過度な興奮で犬のように浅い呼吸を始める。
 霧野は腹からだらだらと血を流しながら、自分すら見たことのない内臓を見れている状態に夢かとすら錯覚する。しかし夢にしてはあまりにもリアルに、刺された手首や裂かれた腹の痛みがじくじくと霧野を苦しめる。
「はぁ、はぁ…はぁ、霧野っ、霧野……!」
 何を思ったのか、神童はいきなり内臓に顔を突っ込む。口にくわえ引きずりだすのはてろてろに濡れた小腸。
「!!」
 霧野の前でくちゃくちゃと小腸の咀嚼を始める神童。霧野は突然波のように襲ってきた不快感に嘔吐してしまう。げほげほとむせる霧野にリンクして、開かれた横隔膜が上下する。
「すごい…霧野、きりの…!」
 その言葉すら今の霧野には不快だ。顔を突っ込まれ腹をぐちゃぐちゃに荒らされる。肉を血を飲み下す喉が、ごくごくと上下を繰り返す。
 こんなの神童じゃない。神童はどこだ。こいつは誰だ。
 吐いたせいで涙が溢れた霧野は霞む視界の中必死に辺りを見渡す。親友の姿を探して。
 このままじゃ死ぬ。いや、もう手遅れなのかもしれない。だったらなおさら、最期に親友の顔を見たい。
 だが霧野が見つけたのは床に散る長い黒髪。暗い隅へ続くそれを辿ると生気の失せた黒目がこちらを睨んでいた。よく見ると隣にもう一つ。考えるまでもない、誘拐され殺された生徒だ。
「どうして、どうしてだよ!?誰だよ!誰に言われたんだよ!!神童、は…神童はこんな……!!」
 そいつは動きを止めて霧野を見た。
「俺の愛する霧野は、俺の中で生き続けるんだ」
 顎から血を垂らし、にっこりと微笑んでみせた。だから恐れることはないんだと、頭を撫でられる。
「あのふたりに見せてやるんだ、俺が想う人はおまえだけだって……霧野」
 軟らかな言葉、微笑んだときの目元、これはまさしく神童なんだ。
 霧野はぼろぼろ涙を溢す。思考はすでに覚束ない。どれほど失血したのか分からないが、すでに死期が近いと悟っていた。
「うっ…ああ…」
「怖い?痛い?苦しいのは今だけだから、そしたら」

 そしたらおまえはずっと俺とともに生き続けるんだ。

 その言葉の甘美な響きにつられて、霧野は頷いた。こんな苦しみから、痛みから、恐怖から解放してくれるのは神童ただひとり。
 諦めたように求めるように神童を見る青い瞳。わずかな生気がきらきらと灯に光る。もうどこを見ているのか霧野には分からない。
 遠くから何か神童の声が聞こえた。ぼきぼきと肋骨がへし折られて、骨が肺に突き刺さる。呼吸がおかしくなって喉から鼻から血が吹き出す。
 息ができない。苦しい。喉を掻き毟りたくても掻き毟れない。うめき声にもならない不気味な声をあげ、ガクガクと体を震わせて、神童に見取られながら霧野はその命を彼に託した。
「ずっと一緒だ」
 まだ暖かい霧野の体はゆっくりと内臓の機能を止めていった。最後の鼓動が鳴り終えたあと、神童はぽろりと一筋の涙を零した。


  我が愛しの霧野蘭丸

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