イナズマイレブン

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青春カップ10の無料配布
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 おまえのために箱ティッシュ持って来てやってよかったと笑いながら霧野は空になった箱を潰して捨てた。
 今日は毎年恒例の雷門サッカー部のお別れ会。これで俺たち三年生は正式に引退となった。後輩たちが泣くものだから、涙を我慢していた俺もついつい泣きすぎて、目を真っ赤に腫らせて部員たちに心配をかけさせてしまった。
 ちゅーか、せっかくだから神童より俺の受験の心配をしてくれよな〜、なんて浜野の冗談が周りを沸かせてくれたから場は和んだものの……全く俺は涙もろすぎるなあと、会のあとの帰り道、霧野にぽろりと弱音を吐く。
「俺だってうるっと来たから、仕方ないだろ?」
「でも同期で泣いたのは結局俺だけだったじゃないか」
 再び仕方ないさと言って霧野は笑う。こいつだって引退が悲しいのだろう。ぎこちない笑みで分かった。

 俺たちは目指す高校が違う。俺は家を継ぐために進学校へ、霧野は雷門での活躍を買われスポーツ推薦でサッカーが強いことで有名な高校へ行く。昔から霧野は将来サッカー選手になりたいと言っていたが、彼はその夢に一歩近づくのだ。
 部活は終わったがこれからも一緒に登下校はできる。だが高校に入ってからはそれもできなくなる。
 お別れ会の余韻を引きずる俺は、春から別々の道を歩むことを思うとまたしても目頭が熱くなった。
「また思いだし泣きか?」
「そうじゃなくて……」
 恥ずかしかったが、素直に春から霧野と離ればなれになることが悲しいと告げると霧野も顔を曇らせた。小学校の頃からほとんど毎日一緒に登下校をして、お互い隠し事は無いんじゃないかってくらい真っ先に相談に乗って、乗ってもらって。だからこそ他の誰かと離れるよりも、こいつと離れることが何よりも俺の心を不安にさせて、高校生活にも自信が持てないでいる。
「俺だって神童が一人で電車乗って高校行けるのか不安だし、俺自身も向こうのチームで上手くやれるか不安だ。おまえの指揮なしでやれるのかなって」
「おまえは俺の指示に頼りっぱなしだったから丁度いい自立のタイミングだな」
「はは、そうだな。だったらお互い、いい自立のタイミングだな」
 高校から、と霧野は続けた。どちらからともなく歩みが止まる。気付けば別れ道まで来ていた。ここの十字路で霧野と別れる。毎日のようにここで「また明日」と手を振っていたことが急に幸せだったのだと気付く。
 霧野も俺もここから動こうとはしなかった。だからと言って、何か言うわけでもなかった。卒業式までまだ日はあるのだが、それもすぐ訪れるのだとお互い知っている。小学校の頃からずっと一緒だった、一番身近に居てくれた友達。いや、親友の、霧野。秋の訪れを告げる空風が酷く冷たく身を切った。
「あのさ、霧野」
 そうだ。いいことを思いついた。
 バッグから出したのはサッカー部に居る間事細かに選手の分析や試合の反省点を書いた手記。ペンケースからサインペンを出して、霧野に渡す。
「おまえの、霧野選手のサイン一号になりたい」
「あはは、なにそれ。神童っておもしろいこと言うよな」
 笑うものの、恥ずかしそうに霧野はそれを受け取る。裏表紙を捲って、使い古されたノートにサインを書いてくれる。
「なんか、サインって言われてもピンと来ないからさ、見るなら家で見てくれ」
 きっと普通に名前を書いただけなのだろう。無茶を言った俺が悪いのだから仕方ない。ノートを受け取りぎゅっと胸に抱く。
「ありがとう、霧野」
「おまえは将来神童財閥を継いで、ピアニスト。俺は───」
「俺の分まで世界のフィールドを走るサッカー選手」
 霧野の言葉を遮ってその続きを言うと、盛りすぎだろと霧野が笑いながら俺を小突く。
「でも本当に日本代表になったりしたら、それかなりレア物になるな」
「レア物にさせてくれよ」
「ああ。オークションに出すなよ?」
「ははは、出さないよ。……頑張れよ」
「ああ、頑張るよ。おまえの分まで」
 街並みに暮れかけた夕日を眺め、霧野はそれじゃあ、と手をあげた。
「じゃあ、また明日!あれ、朝練って……あ」
「もうないよ」
 何故だか悲しいというよりもくすくすと笑いがこみ上げてくる。二人で笑ったのち、じゃあまた明日と、お互い十字路の正反対を行く。
 あと何度また明日と言えるだろうか。そんなことを思いながら、家で見ろと言われたノートをぺらりと捲る。

ピアニストになったら俺がサイン一号な!
  霧野蘭丸

 慌てて振り返り、そのピンクおさげに大声を出す。
「霧野!俺も!俺も、頑張る!」
 霧野が俺の大声に気付いて、こちらを振り向く。顔には「見たな」と書いてある。
「まずは受験だろ!俺達さ!」

  (無理矢理)おわり

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