イナズマイレブン

□反抗心の屍たち
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 金持ちの坊っちゃんとオツキアイっていろいろ常識が覆されるというか……
「いい湯だったな」
 全額相手持ちで温泉旅行なんて、申し訳ない気しかしない。
 にこりと俺に笑いかける大和を見たらさすがの俺も、その申し訳なさに拍車がかかり胃がきりりと痛む。曖昧に頷いて、差し出されるまま大和からビン牛乳を受け取る。
 いつの間にこんなものを買ったのだろう。それより、これもこいつのおごりか…。この旅行でまだ自分が金を使った覚えなくて思わず身震いした。
 旅館といえばすきま風の酷い寂れたボロ屋敷しかイメージがなかったのも、今回大和と泊まりに来た旅館でそれは180度変わった。
 中学生同士で来るにはあり得ないであろう高級旅館に「千宮路大悟の息子です」発言一つでいい部屋に通された。顔パスならぬ名パスと言ったところか。大和と居ると毎度毎度財力と権力は持ってて損しないのだと思い知る。
「やっぱ風呂上がりは牛乳だよなー」
 そう言ってコーヒー牛乳を飲む大和に習い、俺も牛乳を一気に煽り温泉で火照る体を冷やす。
「美味しい?」
 いつも飲んでるのより美味しい、と返すとそいつは満足気な笑顔を見せた。大和から受け取ったものだと考えるとなおさら美味しく感じるのだとは言わない。
「───あ護巻、口に…牛乳」
 大和が顔を近づけてきて、ぺろりと口まわりを舐めてきた。
「おい、ここ……」
 仮にも共用スペースなんだから。
 誰かに見られていなかったか周りを見る。幸いにも誰も居ない。きっと長く湯に浸かり、サウナで我慢大会したせいで大和は少し気が上がってるのだろう。犬みたいに舌を出したままの大和に思わず吹き出す。
「部屋までガマンしろよ」
 思わず口について出た言葉。部屋に戻ってその先を考えるまでもなく、自分で言っておいて恥ずかしさが込み上げてくる。
 クセで舌なめずりすると甘みの強いコーヒーの味がして、恥ずかしさを悟られてしまう前に舌を引っ込めた。
 それに気付かないほど大和も鈍感じゃなかったか。中身が半分ほど残ったビンを見せ「いる?」と首を傾げる。
「じゃあ俺のと交換しようぜ」
 俺も同じくらい残った牛乳を出して、コーヒー牛乳を受け取る。今更間接キスなんて気にする仲でもないので、お互い何の抵抗もない。
 俺が渡した牛乳を大和はごくっと、飲む……ことはせずに俺にキスをしてきた。
「!?」
 びっくりして手にしたビンを取り落としそうになった。状況整理が整うよりも先に大和に口を開くよう促され、目を閉じて少し口を開く。温い液体と舌が一緒になって入ってくる。思わず声が出て、うっと耐える。腰に手を回され、またしても声が出そうになったのを堪える。
 舌を絡められ大和のペースに流されかけていたら、首筋を水が伝っていく感覚がして、慌てて大和を押し返す。開けた視界に熱い目線を送る空色の瞳が見えて一瞬見とれた。それも大和の「あ」という声で我に返る。
「あ…」
 自分の胸元に目を落としたら、大和の声をおうむ返しにした。結局ほとんど飲めずに、牛乳は首筋を伝い浴衣を濡らしてしまっていた。
「おまえな…!」
「ははは、悪い悪い」
 どうせ今晩浴衣脱ぐだろ?と続けられ俺は口を曲げる。心の中でそういう問題じゃねーだろ!と毒づいておく。
「もう部屋に戻るか?」
 第三者に見られる場所で盛り上がるよりも、部屋に戻った方がヒヤヒヤする心配もないのだが。
 大和は首を振り俺が手にしていたコーヒー牛乳のビンを顎で指した。
「はぁ!?」
「えー、俺にだけやらせてそれは不公平じゃないか?」
 いやいやいや。おまえが勝手にはじめたんだろ!……とは言わずにもっともな言葉を探す。
「俺ら千宮路監督の名前で来たんだし、女将さんから監督の耳に入ったら……」
 ちょっと怖い想像をしたので言葉にはしない。だがこの関係が周知されない二人だけの約束なのも事実だ。こんな場所で関係を知られたくない。
 しかし父親の名前を出したのが運の尽きか。大和は怒りを秘めたような圧のある強い眼差しを俺に向けた。
「オヤジの名前が無かったらしてくれたのか?」
 来た。一気に低く落ちた声は威嚇する獣のよう。
「そ、そういう意味じゃ……」
 いつもこの圧に押される。西洋の血が混じった、青く澄んだ瞳から視線をずらしてしまうと、負けた気がして出来ない。でも、この目にいつも俺の反抗心は殺される。
「───分かった」
 ふっと張り詰めた糸が切れたかのように、柔らかに微笑むいつもの大和。息をついて、安堵する。
 いつも通りの大和。恋人の顔をみせる大和。
 コーヒー牛乳を飲むとほのかな苦味と甘味。ちゅっと大和に口をつけ、なるべく焦らすようにゆっくり液体を流してやった。
 俺と違ってちゃんと飲みきった大和が、今度は首に腕を回してくる。わざとらしく、音をたてるように舌先を吸われてまた変な声を出してしまう。そして誰かに聞かれてはいないかと背筋が凍る。そんな俺の心配などおかまいなしに大和は口の中を犯してきた。
 薄目を開けたら桃のまつ毛が目に入る。伏せた目が俺の視線に気付いて目が合った。あの圧はどこにもない。ふっと息がかかって、上がった頬で、笑ったのが分かった。
 俺はこの顔が一番好きだ。
 キスを交わしながら。大和に殺された反抗心ははじめから無かったかのようにゆっくりと流されていった。

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