イナズマイレブン
□街、暗闇の窓際にて
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カーテンの隙間から射す薄日の色から夕暮れ時だと神童拓人は思った。騒がしくなるのは帰宅ラッシュの車のエンジン、電車、雑踏、サイレン……今彼の前で静かに息をする一人の男の存在を掻き消してしまうほど煩わしいそれは、遮断された窓の外で動く世界を刻み続けていた。
「……起きろよ」
こん、と白い頭を蹴る。こんなことをしたら怒るだろうに、ベッドの上でなおも変わらず、井吹宗正は眠りこけたまま。無反応さに置いてけぼりにされたみたいで神童は不機嫌な顔をした。ベッドの上を這って、井吹の前でごろりと横になる。
「死んだみたいだな」
きれい……と零して、頬を撫でた。
すこやか。むじゃき。きらいだった。すきなひと。俺を認めろ。
「しーんーどーう……何年前だったかな」
少年期のあせない記憶にくすくすと笑う。彼は笑い返さない。次第に笑い疲れて、神童は息をついた。夜が始まっていた。黒い塊になった姿は、目を凝らしてようやく人と認識できた。
「もう眠くないだろ、井吹。今度は俺が眠たくなったんだから」
重たい瞳を惜しそうに開く努力をしながら、するすると手先から意識は飛んでいく。白い朝がそこにはある。
*
たまたま通りがかった都心部の一等地住宅地。タクシーから背の高いビル群を見上げていると、口からついと降ろしてほしいと言葉が出ていた。
車から出て、その建物を改めて見上げる。合鍵あったかな、とポケットを弄るとじゃらじゃら金属音をたてながら、複製できない唯一のスペアキーが引きずり出てきた。
何年ぶりだか……いきなり怒られるか。あれこれ思いあぐねながらもインターホンを押す勇気はなく、エントランスすぐの高速エレベーターがぐんぐん昇る慣性に気分を害した。
豪華絢爛とまではいかない大人びた重扉を前にやはり帰ろうかと思ったが、えいとチャイムを押す。いくら待てども返事はなくて、チャイムを押しては待ってを繰りかえす。
「開けるぞ」
ムッとして鍵を差し込んで玄関を開ける。重い遮光カーテンで部屋は真っ暗だった。
「留守だったか……」
少し中に入ったって、合鍵を渡したような相手なのだからいいだろうと思い、足を踏み入れた。壁伝いに歩いてリビングを見渡し、書斎を開き、トイレ、浴室と懐かしみながら彼の住居を見て回る。
「寝てた?」
最後に残した寝室を開くと、だぼだぼのスウェットを着た神童が枕を抱いて、とてもゆっくりと寝息をたてていて、井吹は安らかなその姿にくすりと笑った。