イナズマイレブン

□魅惑の劇肉
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食人です。



 サンドリアスの奇妙な肉にはどうやら麻薬のような中毒性があったらしい。
 あそこの店主め、地球人と知って俺たちをハメやがったな。
 僕たち死んでしまうのかな。
 壁を殴って怒りを表す井吹。柄にもなく怯える皆帆。
 水川みのり、いや、惑星キエル唯一の生き残りによる言葉は、二人を怒りと絶望の淵へ叩き落とした。
 そろそろ第二の惑星へ着くというのに、なんていうことだ。それに、このことは、水川が二人だけを呼び寄せて内密に伝えたことだった。
「とりあえず、この事をどうキャプテンらに伝えるかだよな。幸いにも俺たちの体には異変はまだねぇし……」
「もしかしたら直す方法は私が知らないだけで、あるかもしれません」
 水川もいつもの調子で井吹に頷く。それでいいよな? と井吹が皆帆の方を振り返ると、皆帆はガタガタと体を震わせていた。
「オイ、皆帆……?」
「……いた……が…………た」
 ぶつぶつと何かを呟き頭を抱える皆帆。
「どうしたの、答えなさい」
 水川が皆帆に近寄った次の瞬間。
「お腹が空いたァッ!!」
 皆帆は水川に飛びかかり、白い喉元に喰らいついた。言葉を失う井吹と、目を見開いて悲鳴を上げる水川。
 二人は床に倒れる。水川は金切り声を上げながら皆帆を引き剥がそうとするが皆帆は獣のように水川の皮を食い千切り骨を噛み砕いた。二人の周りからみるみるうちに血の海が広がる。皆帆を殴っていた水川も、首の骨が砕けた辺りで抵抗が止まり、あっさりと絶命した。
 無心で服を口で破き、柔らかな肉を喰い始める皆帆は、おいしい、おいしい、とうわ言のように呟いていた。
「みな、ほ……」
 僅か数秒の出来事に呆気に取られた井吹はようやく声を絞り出した。皆帆はその声に、くっちゃくっちゃと肉を噛みながら井吹を見た。
 死亡判定の規準とも言える、ギョロリと開いた瞳孔に井吹はゾクリと震えた。 死んでいるのか? いや、皆帆は生きて……動いている。
 抵抗してこないと知ったのか、皆帆は井吹には興味を示すことなく再び水川に向き直り、咀嚼をはじめた。
 井吹はふらつく足で部屋を飛び出した。皆帆が中毒でおかしくなったと、伝えなければならない。
 一番近い部屋をノックも無しに開けた。井吹の視界に神童が飛び込む。部屋を訪ねるときは……と説教を始める神童を井吹は大変だ! と叫んでかき消す。その剣幕に神童もただ事ではないと察する。
「どうしたんだ、井吹」
「皆帆が……中毒で」
 そう言いかけて、井吹はハッと口をつぐんだ。俺も皆帆みたいになっちまうのか?! ドッドッドッと早鐘のような心臓が緊張と恐怖を告げた。
「中毒? 皆帆がなぜ?」
 怪訝な顔をする神童から、いい肉の臭いがした。井吹は思わず息を止めた。
 自分にも中毒症状が訪れている。野獣のように獰猛で、本能に従順な感情が皮膚の内側でぶくぶくと勢いを増していく。
「うああああ!!」
 井吹は思わずその場に崩れ落ちた。呆気に取られた神童が井吹の中ではぐらりぐらりと揺らいでいた。人としての人格が急速に失われていく。その様は死して体温を失った体を彷彿させた。もしかしたら本当に死んでいるのかもしれない。
「井吹! しっかりしろ!!」
 神童に頬を強く殴られ鼻血が出た。両肩を掴んで井吹を揺する。
「どうしたんだ、井吹!!」
「あぐ……はっ、はっ…………」
 血反吐を垂らし井吹は苦しそうな早い呼吸を繰り返していた。どんだけ強く殴ったんだ神童のヤツ。そんな怒りを覚えた井吹自身に、まだ人としての猶予が残されているのだと気づく。
「にげ、ろ……にげろ、しんど……」
 必死に声を絞り出す。低く掠れた声で神童に逃げろと伝えるものの神童は首を横に振って、井吹の目を強く見つめた。
「しっかりするんだ井吹! 俺を見ろ!」
「しんどう……おれ……」
 みるみる目に涙が溜まって井吹はぼろぼろと泣きだした。神童が井吹のことを強く抱く。神童のにおいに顔をすりよせて、嫌だと泣きごえをあげる。
 ふいに、燃えるように体が熱くなって、堪らず神童の首に噛みついた。
「っつ……!! いぶ、き」
 赤い血が首筋を伝い落ちた。
 ヤバイと思っても、口が離せない。神童も抵抗することなく、むしろ井吹を抱く力をさらに強めた。
「たべ、ちゃ……しん……たべたい」
「食え。俺のこと全部」
 おまえに殺されるなら本望だと神童は囁いた。
 廊下から誰かチームメイトの悲鳴と、皆帆の獣の鳴き声が聞こえた。それを最後に、世界は急速に色をなくしていった。
 井吹は神童の肉皮を食いちぎり、床に押し倒した。
「あ……はっ、いぶき……」
 首もとを押さえる神童の手からみるみる赤い海が広がる。
 覚束ない手元でジャージを破く井吹は人の面影を失っていた。縦に割れた瞳はもう神童を映してなどいなかった。
 眼前に飛び込んだ肌色に食いつく獣は、食欲を満たすためのエサとして神童を認識していた。
 この短時間で伸びきった鋭い歯が神童の腹の中を躊躇いもなく暴く。痛みに井吹を振りほどこうとしたら、手を思いきり噛まれて指が数本明後日の方向を向いた。
 ずるずると内臓を引きずり出される。口からどろどろと血を溢れさせながら、神童はその様子を見ていた。鉄の味に窒息しそうになる。むせながら、掠れた声で井吹と、痛いとを言い続けた。
 前にからかったときみたいに、また頭を撫でてみたい。ぐちゃぐちゃの手を井吹に伸ばす。神童の腹の中で肉を飲み下していた彼は、まだ抵抗するのかと神童の手を噛みちぎってしまった。
 声にならい悲鳴をあげて、神童はぽろぽろと滴をこぼした。死ぬ、本当に死んでしまう。本望だと言っても、死ぬのは怖い。怖い。
 手は骨が多いと知ったのか、獣はそれをペッと吐き出した。顔の近くに転がりでた無惨な手に神童は呻く。この手で寝てる井吹の頭を撫でた。この手で井吹にピアノを弾いてあげた。
「いぶきぃ……」
 もうろうとした意識の中で名前を呼んだ。瞳孔の開ききった瞳は神童を見る。井吹はもう逝っている。じゃあ、そっちにはもうおまえが居るのかな……。
 途端に神童の体はスッと軽くなった。
 早く迎えに来て。そしたらお前の頭を一回叩いて許さないと笑って、許してあげるから。
 内臓の臭いを嗅ぎ回っていたそいつは、弱々しく動く心臓にがぶりとかぶりついた。
「あ゛っ……がっ゛……!!」
 吐瀉するように黒い血の塊を吐いた。目の前がゆっくりと暗転する。
 迎えに来たな、井吹。おまえには、じっくりと説教をしてやらないとな。

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