イナズマイレブン
□こっち見てよ
1ページ/1ページ
彼は一回り年上の先輩、俺は心も体も一回り年下の後輩。物理的な隙間は埋めきれても、埋めきれないものだってある。
「おまえの方から霧野の誕生日プレゼントの買い物を持ちかけてくるなんて珍しいな」
「俺だって霧野先輩のカワイイ後輩ですからねー、少しは感謝の気持ちくらいありますよ〜」
バカでも分かるようにわざとらしい声で言ってみて、神童の方を見ると、大真面目にそれは驚いたと口にしていた。まったくなんて人だ。俺は呆れてしまって溜息も出ない。
平日の部活上がりの繁華街。月末の霧野の誕生日会のプレゼントを買いに、神童に誘いをかけたのは今朝の朝練中のことだった。神童は俺のことを敬遠していたのかは定かでないが、買い物に行こうと持ちかけると一瞬戸惑った顔をして、霧野が見ていないことを確認して分かったと言ってくれた。彼が部室棟を施錠するまで校門で待って、神童ととりとめのないことばかり話ながら数駅電車に揺られてきた。帰宅する人の波を遡りながら、のんきにぶらぶら綺麗な電飾を見ながら歩くのも悪くない。
「結局何も買ってないが、俺はおまえの役に立てたか?」
数件店に立ち寄っても冷やかして終わる俺に、神童は神童なりの心配をしているようだ。俺はにかっと笑って見せて、そんなことないですよ、と続ける。
「アルバム買って、神童さんの写真入れて渡せば喜ぶかなあって思って」
「ばっ、ばか、狩屋……!」
「冗談ですよ。冗談、でも本当に何にしようかなあ。無難にブックカバーかしおりかなあ」
冗談が通じない相手をおちょくるとなんだか楽しい。相槌を打つ姿を目にすると、心の内から温かい気持ちが湧き上がってふっと目を細める。
「そだ、先輩、何か食べて行きませんか? せっかくここまで出て来たんですし」
「そうだな、どこかに食べに行こうか……あそこのファミレスとか」
神童が目線をきょろきょろして指をさしたのはイメージにそぐわない場所だった。
「神童さんファミレスなんて知ってたんですか」
「当たり前だろ、よく二年で食べに行くんだからな」
先行く神童の後ろをおっかけながら、隙間を感じてしまう。
二年生。産まれた日が数か月違うだけでこんなにも差を見せつけられる。急降下したテンションを首を振って切り替える。なんで俺ってば劣等感に浸ってしまうんだ。
先に入った神童が開けてくれた扉をくぐる。お礼をして見上げると彼は何も言わず微笑みで返す。呆気にとられているうちに彼は店員に二人、と指で示す。
店の中を歩いていく神童、似つかわしいと思っていたが、案外庶民的な環境も彼の才色兼備をさらに引き立たせて、むしろどこにでもある場所なのになにか特別な空間に居るようだ。
「何考えてんだ、俺……」
四人掛けのソファー席に向かい合わせで座るなり、神童は俺をまっすぐに見て小首を傾げる。
「顔、赤いな。具合でも悪いのか?」
「そっ、そうですか? そんなことないですよ……」
真面目な彼のクセが俺の心の中をかき回すようだ。耐えられない、と目を逸らして、メニューを手渡す。視線がそちらに移って、ほっとする。
メニューをめくりながら神童は、狩屋と二人で食事なんてはじめてだなあ、と嬉しそうに言った。
「お互いいつも霧野と一緒に居た気がするから、なんか新鮮だな」
「そう……ですね」
柔らかく持ち上がった目尻を盗み見ながら気持ちが高揚してしまう。急に満腹感がして、サラダでいいかな、なんて呟くとお金がないのか? なんて心配されて、先輩だし出すから好きなものを選んでいいぞと笑われる。
「ほんとですか? デザートも食べていいですか?」
いつも通りのキャラで厚かましいお願いをすると神童は苦笑する。
「ああ、今日だけだぞ」
次回も食事をしようと遠回しに告げたのか、ただの誇張表現だったのかは分からない。
「うっし、やった!」
明るくなった俺の顔を見ようとした神童が目をあげたら、目線がぱちりと合ってお互い慌てて逸らしてしまう。目線をすぐ逸らすなんていかにも日本人らしくて、格段おかしいことでもないのだが――。
俺たちの間には過去から積み重ねたものもないし、学年だって感じるものだって違うし、それは今更変えられない。ただし、漠然と存在する未来はどうだって作ることができる。このまま羨望のまなざしを浴びるキャプテンと、何故か敬遠される後輩でも居られるし、それ以上踏み込むことだってきっと……。
「メニューは、決まったか?」
おかしな雰囲気が俺たちを取り巻いていた。ばか高いものを頼んで咎められるつもりが、リーズナブルなセットを指さしていた。
「これで……ごちそうさまです」
今はどうしようもなく恥ずかしいけれど、日が経ったら言ってみようか、こっち見てよ……なんて。
そしたらさっき盗み見した柔らかな視線を、俺が独占できるかもしれない。