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□MY LOVE 6
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「……くっ! …くくっ……… あの格好…」
猫の事務所の応接間は、トトの声を押し殺した笑い声と、紅茶を入れる音が響く。
ムタはそんなトトの様子を、ソファに座り、飽きれ返って見上げる。
ハルは顔だけでなく全身を真っ赤に染めて、以前来た時も座った木製の物置の上に、小さくなるように俯き、背中を丸めて座っていた。
バロンは、ハルに背を向けたまま、紅茶の準備を無言で行っていた。
「キャ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
「……とっ! とりあえず中に入りなさい!!」
トトがハルの後ろへ回り込み、背中を翼で押す。
「全く、何なんだよぉ〜!!」
ムタは半泣きになりながらハルのバッグを引っ掴むと、上腕の袖を引っ張る。
バロンは事務所へ機敏な動きで戻ると、片扉しか開けていなかった扉を両方開け放つ。
ハルは追い立てられるように身を屈めて、事務所の中へトトとムタに押し込まれる。
扉の脇に待機していたバロンが、三人が入った瞬間、扉を閉め切る。
外の喧騒が途端に消えると、四人は居心地の悪い空気に気不味くなり、その場に固まる。
「……ま、まあ、アレだ! 座って落ち着こうぜ。」
ムタはハルのバッグを部屋の片隅に置きながら、努めて明るく言う。
「ハル、以前座っていた場所へ座るといい。 それにしても君って子は…
…ふふふ! 実に面白い! 素晴らしい!!」
トトは、ハルの腕を軽く掴んで伝い登ると、バルコニーにつづく手摺に掴まる。
「え〜〜〜…… そんな事で褒められても〜……」
ハルはバロンの方を見ないようにして、這いつくばりながら、以前座っていた場所へ腰を下ろす。
「ほんっとに、昨日から一体…っと!」
ムタは慌てて口を噤むが、皆一様に動転している為か、気が付いている様子がないのに安心して、ソファに座る。
姿勢の良さと無駄の無い優雅な動きはそのままに、バロンは紅茶の準備を始めるが、呆然自失であった。
バロンは背後に有るハルの気配に胸が苦しくなり、ハルを見ないように茶葉のブレンドをする。
(……ミルクティ。 今日は絶対に、美味く淹れなくては…)
軽い眩暈を感じるが、無視してポットに湯を入れると、滅多に出さない一番お気に入りのティーカップを取り出す。
「……くっ! …くくっ……… あの格好…」
上の手摺に掴まったトトから、押し殺した忍び笑いが聞こえてきた。
ハルはずっと下を向いていたが、チラリと上目遣いで、バロンの背中を伺い見る。
怖くて直視出来ずに、直ぐに再び自分の膝頭を見る。
(もう……、自分のバカバカ!!
……ああ…、これで徹底的に嫌われちゃった…
もう、気持ちを伝えるって空気じゃないよ、コレ……
呆れてるんだろうな…だから、コッチ見てくれないんだ……)
絶望的な気分に襲われ、更に肩を落として瞳を閉じる。
「………ハル。」
ハルはビクッと全身を震わせると、恐る恐る瞳を開けて上を向く。
バロンが紅茶をハルにかざし、目の前に立っていた。
……ハルから目線を逸らし、固い表情の顔をやや横に向けたままで。
ハルは後頭部を殴られたような、強い衝撃を感じる。
瞳を固く閉じると、声を震わせながら、明るく言う。
「あ、ありがとう……嬉しい。 またバロンのスペシャルブレンド、飲めるなんて……」
(泣いちゃダメ、泣いたら困らせるだけ。 せめてこれ以上、嫌われたくないよ……!)
ハルは瞳を開けると、更にバロンは横を向き、瞳を伏せていた。
唇を噛み締め震える手を諌めながら、ティーカップを両手で受け取った。
「………ハル。」
紅茶の用意が整い、静かな声で呼び掛ける。
ハルを直視出来ずに、バロンは横を向きながら話し掛ける。
(私が…彼女の視界に居る……
彼女の息吹を、こんなにも近くで感じる……
胸が張り裂けそうだ……)
「あ、ありがとう……嬉しい。 またバロンのスペシャルブレンド、飲めるなんて……」
(ハル……!!)
心臓を鷲掴みされた様な感覚に陥り、息苦しくなり更に横を向き、瞳を伏せて呼吸を整える。
ティーカップがハルの手に渡ると、片手に持った自分の紅茶が多少零れるのも構わず、一人掛けのソファへと素早く座る。
何とか冷静な平常心を取り戻そうと、眩暈のする頭を軽く振ってみる。
変化は訪れ無いどころか、胸苦しくなっていく一方であった。
ムタとトトは、そんな二人をただ黙って見ていた。