short story

□いつでも
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猫の事務所の、大きなソファ。



バロンはハルの左肩を抱き、寄り添いあうように座っていた。



今日起こった学校での他愛のない出来事を楽しそうに話していたハルは、ふと急に思い立って言う。



「ねえバロン、私に癖ってあるかなあ?」



暫しの間の後。



「……ふむ、そうだな。 ハルの癖は…少しばかり大きな声を上げる所……かな。」





「……〜〜ああ――!!!」





バロンは耳元に大声で叫ばれ、少し耳鳴りがして苦笑いする。



「そう! そうなの! 私ね、すぐに叫んじゃってたり、大きなリアクションしちゃうんだよね。」



「お母さんやひろみにも、うるさいよー!って、よく言われるの。」



「直さなきゃーって思って、よーし! って、意気込んだ声が大きくてね…」



下を向き、暗い顔でハア〜…と溜息をつく。



だが直ぐにパッと上を向くと、真面目な顔で。



「でもね? 直そうと思っているんだよ、ホントに! あ〜あ、私もバロンみたく、ちゃんと冷静に判断できたらなあ……」




…コロコロと表情が変わり、笑顔、難しい顔………ハッとした顔や、真剣な眼差し。



その様子をバロンは、とても楽しんで見ていた。




「だからね!」



大きな声を出し、目をキラキラさせているハル。



興奮してきたのか、自分の声の大きさに、気が付いていないらしい。



「バロンにお似合いだねって言われるように、私も貴婦人に……レディー!! わあステキ…!」



妄想にうっとりしながら、また大きな声を出している。



バロンは、その様子を見ていて、何とか必死に笑いを堪えていた。




(ハルは真剣なのだ。 駄目だ、笑ってはいけない……!)




「レディーになりたいなぁって…… あっ! いや違う、ならなきゃ!!」



ハルは、グッと両手で拳を握り、叫びながら意気込む。



「ふふっ…!」



もう笑いが堪えられなくなったバロンが、小さく吹き出す。



「えっ? 何? 変な事、今、言ったっけ?」



やはりハルは今し方、叫んだ事に気付いておらず、




「…ぷっ! あはは!」



バロンは手を口に当てて、大きな声を出して笑い出す。




ポカンと呆気に取られて、ハルはその様子を見ていた。



自分としては真面目な話の最中、急に笑い出したバロンに怒りではなく、嬉しさがこみ上げてくる。





(バロンが、大きな声を出して笑ってる……!!)





滅多に見られないその光景に、もはや先程まで話していた事もハルは忘れて。



「わあ〜〜〜!!」



瞳を輝かせながら、叫んでいた。




「何? 何? 私も一緒に笑いたい!! 教えて!」



満面の笑顔で自分に抱き付いてくるハルが愛おしくなり、バロンはキスを落とした。



ハルは突然のキスに瞳を少し見開いて驚くが、めげずにキスをされながら、



「教えて下さい〜〜! バロンさん〜〜!」



また少し大きめの声に笑いながら、バロンはハルのあごを取り、深いキスをしてゆく。



「んっ!! …ん…う……」



声が聞こえなくなっていく。





(ああ。 ハル。 君はなんて、愛らしいのだ。

落ち着いた貴婦人となった君もとても素敵だと思うが、俺はそのままの君が好きだ−)





甘く、優しく、けれど激しいキスに、ハルは頭がクラクラしてくる。



両腕できつく抱きしめられた瞬間、薄く瞼を開ける。




(キレイな毛並みだな… 真剣な顔… おヒゲがちょっと、くすぐったいよ……

目…… 閉じた顔もカッコいい……

眉間の、毛の流れのクセかわいいな……

え? クセ? …………そうだ!!)




ハルはバロンの背中を、軽く叩く。



パッと拘束されていた腕の力が抜けて、顔が離れていく。



「すまない。 苦しかったか?」



ハルは一息、ハ〜と軽くつくと、悲しそうな顔でバロンを見上げる。



「私、さっきまた叫んでた……」



ようやく気付いたハルが面白くて、バロンは再び吹き出す。




「…ふっ!」



「ああ!! だから笑ってたんだ! もう…!!」




笑われていた事に気付いたハルは、軽く頬を膨らませる。



機嫌が悪くなり、肩にまわされた腕の中から抜け出そうと、身体を捩り傾ける。



急にグッ、と力が込められた手と腕に、バロンの胸の中へと再び引き込まれる。



逃げる事も出来ず、このまま抱き締められていたくないハルは、余計むくれながら渋々顔を上げる。





キスの時より真剣な表情と、瞳が瞬いたバロンに、射抜かれる。



ハッと息を呑む。



凍りついたように、ハルは動けなくなる。





「ハル。 私は、貴婦人になろうと努力する姿勢の君が愛おしい。

だが私は、今のありのままの君を、とても愛しているのだ……」




バロンはハルの左手を取ると、瞳を真っ直ぐに捕らえたまま、甲にキスをする。



ハルは少し赤くなり、照れた顔を誤魔化すように口を尖らせながら、



「……何かそれじゃ、全然成長しないままじゃん、私…」



「何を言う。 ハルは私を、成長させてくれているじゃないか。」



「え…えぇっ? 私、何にもしてないよ?」



慌てふためくハルに、バロンは優しく微笑う。




「こんなにも優しい気持ちと、狂おしい程の情熱をくれるだろう…?

それに私は、吹き出した事など無かったのだからな。」



「…え、ええ〜〜〜!! それって褒めてるのか、けなしてるのか、分かんないよー!?」




手足をバタつかせながら叫びだすハルに、



「ふふっ……!」



またもバロンは、軽く吹き出した。



「……も〜〜、怒ったからね!!」






ハルはバロンの笑いを止める為に、キスをした。





END





2011 7/11 改訂
 

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