short story

□どこにいても
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扉のすぐ外から、物音が聞こえる。






トン…トン…トン………軽い足音が、一定のリズムを刻む。



考え事、もしくは悩み事でもしているのか。



その場で軽く足踏みをしているその人の動きが全て見えるようで、口許に薄く笑みが浮かぶ。



軽く唸っている声まで、微かに聞こえてくる。



バロンは書類を纏めていた手を止め、顔を上げる。





(そろそろ、痺れを切らして入って来る頃だ……)





デスクへ片肘をつき、手に顎を乗せる。



目の前に積まれた一番上にある本を、何処か手持ち無沙汰に数ページ捲って見る。





(しかし…疲れてきた頃合に、なんとも上手く入って来るものだな…)





小さな声で、「よしっ! 行くぞっ!」と意気込む独り言が、耳に届く。



不意打ちに瞳を固く閉じて、吹き出すのを耐える。



顔中に広がったニヤケ顔を直す為、バロンは本を捲っていた手を止める。



両手で頬を押さえると、顔をどうにか整える。





(本当に……面白い…)





彼の自宅の書斎に、遠慮がちに二回、微かな音のノックが響く。



扉が顔の大きさの隙間分だけ、開けられる。



恐る恐る、顔だけを部屋に入れたハルが、甘えた声で呟く。




「ねえ…まだ……お仕事、終わんないのぉ…?」




扉に背を向けて座っているバロンからはその表情は窺い知れなかったが、手に取るように表情が浮かんで見えた。



(きっと……口を尖らせ、頬を染めているのだろう…)




「邪魔しちゃったけど……でもさ、こんなに長時間は身体に悪いし………

一人で待ってて、寂しかったんだからね…?」




恥ずかしそうに段々と小さくなる、少し鼻にかかった幼い声に、全てが誘われてゆく。



無意識に耳が、ハルの声をもっと聞こうと、後ろを向いていく。



心配をして貰える事が嬉しくて、再び頬が緩んでいく。






ふと、我に返った。






声を聞いただけで、ついニヤケてしまった事が恥ずかしくなる。



ハルに知られたくなくて、瞬きを繰り返し、顔を戻そうとする。



幸せに高まっていく一方の、胸の熱さを無視しながら。



常の冷静な面を作って浮かべると、崩す事無く、ゆっくり振り返る。






扉に身体が隠れている彼女は、嬉しそうに微笑っていた。
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