ごくどきっ!

□始まりの交響曲
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***



「今日も…逢えないのかな」



ここ一週間、リヒトさんと全く逢えていない。

電話は毎日してるけど、私からかけても全然出てくれないし……そんなに仕事が忙しいんだろうか?




「逢いたい…」



逢いたいのに逢えないのがこんなに辛いなんて、知らなかった。


逢いに行ったらダメだろうか?

でも、リヒトさんの家も分からないし…。



その時、家のチャイムが鳴り響く。

シャマルだろうか?と思いながら玄関の扉を開けると、そこに居たのは息を切らしたリヒトさんの姿。




「リヒト…さん?」

「ラヴィーナ、僕と一緒に逃げて下さい!」

「え?」



私は意味も分からず首を傾げると、リヒトさんは私の手を握り締め、有無も言わさずに手を引いた。



「リ、リヒトさん!?逃げるって何処に!?」



そして、何から?

こんなリヒトさんらしからぬ行動……相当追い詰められてるのは分かるけど…。




「日本です。あそこなら暫く見つからないでしょうし、僕のもう一つの故郷でもある」

「日本…?」



それに、もう一つの故郷って……リヒトさんは日本人の血をひいていたの?



すると、私とリヒトさんを囲うように黒服の男の人達が現れた。

その男の人達に、リヒトさんは苦虫を噛んだように顔を歪める。





「何処に行くおつもりですか、リヒト様!」

「っ……お前達には関係ない」

「そうはいきません!旦那様より貴方様を連れ戻すようにとのご命令なんです!!
ご自身の立場を弁えて下さい!貴方は獄寺家の嫡子、獄寺理人であると!!!」

「え…?」



獄寺……理人?


リヒトさんのファミリーネームはシャマルと同じだったはず…。

それに獄寺って、聞いた事がある。


私とリヒトさんが出会ったあのパーティーの主催者の名前で、日本の大企業の御曹司がイタリアの企業の娘と結婚して、さらに業績を伸ばしたっていう、あの……獄寺?


リヒトさんがその嫡子……跡取りだというの?





「その娘……確かパーティーの時の!?」

「あっ……私、」

「理人様!あのパーティーは貴方の婚約者を選ぶ為に開かれたものですよ!このような娘を選ぶとは…」

「っ……ラヴィーナを侮辱するな!!!」

「っ…理人様……わかっておいでですか?旦那様の力があれば、この娘が二度と日の下を歩けなくなることも可能だと!」

「っ!?」



二度と、日の下を歩けなくなる?


それは、つまり…リヒトさんと居たらピアノを弾くことも出来なくなるかもしれない。

そんなの、嫌だ。


だけど、それでも私はリヒトさんの側に居たい。

リヒトさんだけが、私の音色を聞いてくれればそれで構わない。



だから……この手を、離したく、ない。




「リヒト、さん…」



私のその願いも虚しく。私の手を握るリヒトさんの手が次第に弱まり、手を離した。




「ラヴィーナ…」



そしてリヒトさんは、私にしか聴こえない音量で、小さく呟いた。



僕を、信じて下さい……と。




それだけ告げて、リヒトさんは私の前から姿を消した。



 











それから、数週間が経った。

リヒトさんに婚約者が出来たと風の噂で聞いた。

シャマルとは時々会っているけど、リヒトさんの話題をすることはない。


私はただ、リヒトさんの言葉を信じていた。そんな、ある日の事…。




「っ……!?」

「ラヴィーナ?」



突然私を襲った吐き気と目眩。
それが何を意味するか、私には直ぐに分かった。




「ラヴィーナ、お前まさか……妊娠したのか?」




分かっていたとはいえ、シャマルの言葉に少なからず動揺した。


妊娠二ヶ月。それが医師の診断だった。








「産むって…本気なのかよ!?」

「本気です。だってこの子は、私とリヒトさんの子ですもの」

「でも、リヒトさんは……っ」



そう言ってシャマルは言葉を止めた。


本当はわかっていた。

シャマルはこれで、凄く優しいから……私に何も言わずにいたんだと…。


もう二度と、リヒトさんは私のもとへ帰って来ないんだと…。




「それでも、いいの」

「…ラヴィーナ」

「それでも私はっ……この子を、産みたいっ!!」




私一人で育てられる自信なんてない。

父親がいなくて、辛い想いをさせるかもしれない。



それでも私は、この子の……リヒトさんの子の、母親になりたかった…。





「……俺じゃ、ダメなのかよ」

「え…?」

「俺じゃその子の父親には、なれねぇのか?」




真剣な眼差しでそう問われ、私は言葉を失った。



いつもめんどくさそうにしてたけど、いつだって私の相談にのってくれた。


ぶっきらぼうで、でも優しくて……だから全然、気づけなかった。


シャマルの、想いに…――





「わ……たし、」

「悪い。忘れろ」



そう言ってシャマルはため息をつき、私に背を向けた。



「お前さんの人生だ。もう口出しはしねぇ。だけど、本当に辛かったら真っ先に俺を頼れよ」




それだけ告げて去って行くシャマルに、私は涙を流した。



シャマルを好きになっていれば、もっと楽だったんだろうか?

もっと簡単に、幸せになれたんだろうか?




答えは、NOだ。




「リヒト、さんっ」




貴方の隣じゃなきゃ、私は幸せになんかなれない。



 

 
 
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