ごくどきっ!

□憧れと恋心
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「恭弥、晩飯食ってくか?」



いつもだったら胸が高鳴るはずの勇人さんの笑顔が、今は冷めた想いでしか見る事が出来なかった…。












「瓜……なんか元気ないね」

「ああ、何の前触れもなく2日連続で隼人が帰って来なかったからな…。
なんだかんだで瓜は、隼人が大好きだからな…」

「にょ…」

「んな心配すんなって。明日になればちゃんと帰ってくるから」

「にょおん」



帰ってくる。

そうだ、隼人は明日になればちゃんと帰ってくるんだ。
六道だってまがりなりにも教師だ。生徒である隼人に手を出す訳がない。昨夜の山本武よりはずっと安心だ。


なのに、胸のざわつきが消えないのは何故だ?


隼人は本当に、帰ってくるのか?





「……や、恭弥!」

「え?」

「人の話聞いてんのかよ?」

「ご、ごめん…なんの話だっけ?」

「………隼人が心配なら、迎えに行けばいいだろ。恭弥らしくねぇ」

「っ……それは勇人さんも同じじゃない。昨日だって今日だって…どうして隼人を迎えに行かないのさ」

「…さぁ、どうしてだと思う?」



そう言って勇人さんはソファーに座っていた僕の隣に腰掛けた。
心なしか、距離が近い。



「勇人さん…?」

「恭弥と二人っきりになりたかったって言ったら、信じるか?」

「え…――」




まるで、スローモーションになったみたいだった。
勇人さんの顔がゆっくりと近付いてくる。

何が起きてるのか理解出来なくて、ただ呆然としているとフッと頭に過ぎったのは、隼人の顔。


その瞬間、勢いよく勇人さんの手を振り払った。





「あ……、ごめん。僕は…」

「今、誰のこと考えてる?」

「え?」

「それがお前の答えだろ?」




これが、僕の答え?


僕は勇人さんが好きだ。
ずっと子供の頃から憧れてて、勇人さんに釣り合う男になりたかった。

なのに僕は、今何を考えてた?

こんなに勇人さんが近くに居るのに、全然ドキドキしてない。
それどころか、隼人のことばかり考えている。




「恭弥が俺に対して特別な感情を抱いてる事には気付いてた。正直、それが嬉しいって思ってた時期もあったんだ。
だからこそ、途中から気付いたのかもしれないな……お前の俺に対する感情は、恋じゃないんだって」

「っ…そんなことない!僕は本当に勇人さんがっ!!!」

「なら、俺のどこが好きなんだ?どうして俺を好きになった?」

「どこって…」




僕は勇人さんの、どこが好き?




「分からないのか?なら、俺と隼人…どっちを守りたい?」

「っ…!」

「昔から恭弥は、『僕が隼人を守る』って、そればっかで。俺を守るなんて言った事、一度もなかったよな」





ああ、そうか。思い出した。


僕が勇人さんを好きになった理由。





『隼人、起きて。勇人さんが帰って来たよ』

『んっ……おにいちゃん?』

『隼人、ただいま。いい子にしてたか?』

『お兄ちゃんっ!おかえり!』





僕は、隼人に見せるあの笑顔が好きだったんだ。

一番隼人の笑顔を守っていたのは僕より勇人さんだったから。
だから、勇人さんはいつでも笑顔でいて欲しかった。


隼人の笑顔を、守る為に――







「憧れと恋は違うんだぜ、恭弥」




勇人さんの笑顔が好きだった。

隼人を守るものだから。



勇人さんのようになりたかった。

誰よりも隼人を、守りたかったから…。






勇人さんは僕の、憧れだった―――







「ごめん、勇人さん。ありがとう」





それだけ告げると、恭弥は勢いよく家を飛び出して行った。

それを見送った勇人は、携帯を取り出すと短い文章のメールを送る。





「にょおん?」

「なんか、プチ失恋した気分だな」



でも、これでよかった。

恭弥が本気で俺を好きになっていたら、俺もきっと…本気になってしまったかもしれないから。





すると、握っていた携帯が震え出す。



「うぉ、返信早いな」



勇人はそのメールの送り主の名に、思わず笑みを零した。



「これで俺も……本気で恋、してもいいのかな…」




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