ごくどきっ!

□過去の大罪―承―
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「ディーノ先生!ここの英訳が解らないんですけど…」

「あ、ずるーい!ディーノ先生!私にも教えて!」

「分かった分かった、順番な」




新学期が始まった

教育実習生として並中に赴任したディーノは、とにかく不思議な奴だった


出会い頭に階段から落ちただけでは飽き足らず、何もない所でコケるのは日常茶飯事。
ご飯を食えば米粒がそこかしこに散らばる。

何をしても鈍臭い


所謂ヘタレとか、ヘナチョコというやつだった



本当にこんなんで教師が勤まるのか?と俺達家族は心配していたのだが…それは杞憂に終わった


ディーノという男は、どうやら生徒の前ではヘナチョコが治るらしい

寧ろ、なんでも簡単に熟す完璧な男だったのだ



それに加え文句の付け所のない容姿

そんなディーノを女子生徒が放っておくはずもなく……ディーノが並中に来て一週間。彼の周りには生徒が溢れ返っていた




「凄いね…ディーノ先生の人気…。もうファンクラブまで出来たって噂だよ…」

「そいつらに家でのディーノを見せてやりたいですね」

「あはは!俺も見てみたいな、ヘナチョコなディーノ先生」

「こっちはいい迷惑なんですけどね…」




悪い奴ではないと思う

ディーノの見せる笑顔は、どこか沢田さんのそれに似ているし、人見知りの激しい隼人ですら懐くまでに時間はかからなかった

生徒の前以外ではヘナチョコな所を除けば、欠点らしい欠点も見つからない


俺は、そんなディーノを嫌いじゃない…と思っている




「あっ、勇人!ちょっといいか?」



女子達の波が引いた頃、ディーノがすかさず俺の方へと駆け寄ってきた




「…なんだよ」

「ラヴィーナさんに夕飯の買い出し頼まれたんだけど…」

「はぁ!?お前一人で行かせたら夕飯のおかずが無くなるだろーが!
その前に絶対にスーパーまでたどり着けねぇだろ!?」

「あはは……だから勇人に一緒にきて欲しくて」

「俺が?だったら一人で行くよ。その方が早い」

「いや、そういう訳にはいかないって!結構量あるし、荷物持ちくらいなら出来るからさ!」

「……」



まぁ、確かに……卵とか割れ物持たせなきゃ居ないよりマシか…




「…分かった」

「よし!じゃあ放課後校門で待っててくれよな!」



ニコニコと笑顔を向けるディーノに、俺は戸惑った

無駄に顔はいいから、なんかドキッとしちまう…
















「勇人、重くないか?そっちも持つって…」

「卵あるからダメだ。お前さっきから何回転んでると思ってるんだよ」

「うっ…悪い、」

「つか、さ。なんで俺の前でもヘナチョコなんだ?」

「へ?」



ずっと疑問に思っていた

ディーノは生徒が居ればヘナチョコが治る

俺だって一応はディーノの生徒だ。ヘナチョコが治ったっておかしくない


最初は学校じゃないからかとも思ったが、前に沢田さんが家に遊びに来た時はヘナチョコが治っていたからそういう訳でもないのだろう


だったら、どうして…?





「…俺にとって勇人は、生徒じゃないから」

「え…?」



さっきまでのヘラヘラした笑顔が消え、真剣な眼差しとそう告げるディーノに、俺の心臓が跳ね上がった


俺は生徒じゃないって……それって、ディーノにとって俺は―――







「だって、ホームステイ先の息子って事は家族みたいなもんだろ?」

「そういう意味かよ!?」



紛らわしい言い方すんな!!!

期待した俺が馬鹿みてぇじゃ…………え?



期待?

俺、ディーノになんて言って欲しかったんだ?






「まぁ、理由はそれだけじゃねぇけど」

「は?」



ディーノの言葉に疑問を持って見上げると、ディーノは優しい笑顔を見せた




「もし、ホームステイ先がツナん家だったとしても、勇人の前ではヘナチョコ治らないだろうなってことだよ」

「へ…?」




そう言って微笑むディーノに、俺は言葉を失った

そして、ディーノの言葉を理解した俺は、瞬時に顔を真っ赤に染め上げる




「おまっ……な、何言って…!」

「あ、でも教育実習生が生徒に手を出すのってやっぱマズイかな?」

「あ、当たり前だろ!?」




真っ赤になっているであろう顔を隠す為に、俺は俯きながら足を速めた




俺は一目惚れなんて信用出来なかった

初めて見た時から好きでした、なんて告白される度に、お前は俺の何を知っているのだと言いたくなる程だった


だけど数日前、あの歩道橋で…

ディーノと初めて目があった瞬間、俺はきっと一目で恋に落ちたのだ


まるで、ディーノに恋する為に今まで生きていたのだと言うように…




「ちょっと待ってくれよ、勇人!」



呼び止められて、俺はピタリと足を止める



「勇人?」

「……別に、いいんじゃねぇの?」

「え?」

「本気で好きなら、しょうがねぇだろ…」

「勇人………俺、」



ディーノが俺に近づこうとしたその瞬間、バタンと音を立ててディーノが倒れた。否、コケた。




「痛ってて…」

「…お前、ムードねぇな」

「うっ…悪い。勇人の前でもヘナチョコ治ればいいのにな…。こんなん格好悪いよな、」



珍しく落ち込むディーノが、なんだか無償に愛おしく思った。

学校の奴らが知らない、これが本当のディーノ



「いいんじゃねぇの、ヘナチョコでも」

「え?」

「寧ろ俺は…ヘナチョコなお前の方が……」



言いかけて、俺はフイッと視線を反らした



「えぇ!?その先は!?」

「聞きたかったらお前から言えよ」



俺がそう告げれば、ディーノは一瞬驚いたように目を見開き、微笑んだ



「好きだぜ、勇人」

「うん…俺もお前が………好き」





俺は、生まれて初めて恋をした


俺達の恋は永遠だと、信じていた



そう

あの日までは―――




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