ごくどきっ!

□兄弟
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「やっぱり……此処に居たんだね」

「きょっ………雲雀、」



あの桜の木の下に、隼人は居た




「もしかして今、きょーちゃんって言いかけた?」

「悪い……記憶が色々ごっちゃになってて、」

「誰も悪いなんて言ってないでしょ」



そう言って雲雀は隼人に近づき、その額に自分の額をコツン、とぶつけた



「なんなら、またそうやって呼んでくれても構わないよ?」

「アホ。いくつだと思ってんだよ」

「じゃあ、恭弥は?」

「え?」

「いつまでも雲雀、なんて他人行儀なのもおかしいでしょ?」



そう言って至近距離で微笑む雲雀に、隼人は頬を赤く染めた




「恭……弥?」

「うん。なに、隼人?」

「…きょーや……、恭弥………恭、弥。俺…」



泣きそうな声で雲雀の名を呼ぶと、隼人はその肩にもたれ掛かった

雲雀は、そんな隼人を優しく抱き留める




「一緒に帰ろう、隼人。勇人さんも心配してるよ」

「っ………帰れ、ねぇよ」

「隼人…?」

「俺っ……兄貴に合わす顔がねぇ!」




あの時、俺が不用意に飛び出さなければ、父さんも母さんも殺されなくて済んだ


俺が居なかったら……兄貴はディーノの側にいることを選んで、幸せに……なれてたんだ




「俺なんかっ…兄貴の足枷でしかないんだ!あの時死ぬのは…俺一人で十分だったのに!」

「隼人、」




どうしてあの時殺されたのが、俺じゃなかったんだろう

どうして俺だけ、生き残ってしまったんだろう



あの時俺も一緒に、死んでしまえばよかったのに



ううん、いっそのこと…俺なんか…





「俺なんかっ…生まれてこなきゃ……よかったのに、」




俺の生まれた意味って…なんだったんだろうか?




「隼人、それ以上言ったら…」

「それ以上言ったら許さねぇからな、隼人」




雲雀の言葉を遮るように聞こえた声に、隼人の身体は強張った




「勇人さん…」

「悪い、恭弥…。隼人と二人っきりにしてくれるか?」

「……………わかった」



雲雀の温もりが遠ざかり、代わりに目の前に立つ兄の姿

しかし隼人は、まともに兄の顔をみる事が出来なかった





「…生まれてこなきゃよかった、なんて…本気で思ってるのか?」

「っ…」



勇人の言葉に、隼人の身体がピクリと反応する。それと同時に暖かい温もりに包まれた



「あに、き?」

「ごめん、ごめんな…隼人」



隼人を抱きしめる勇人の腕は、奮えていた



「なんで…兄貴が謝るんだよ、俺のせいで……父さん達は…」

「違ぇ、隼人は悪くない!」

「で、も…」



俺が、兄貴の人生をめちゃくちゃにしてしまった



「10年前の俺は…隼人に嫉妬してた」

「嫉妬…?」

「隼人が生まれてから、家族の中心が隼人になって…父さんと母さんを隼人に取られたみたいで、悔しかった。
でもな、隼人は生きてるって分かった時、心の底から安心したんだ。隼人を守ってくれた父さん達に、感謝した。

あの時、隼人まで失ってたら………俺は生きる理由まで失ってた」

「っ…!なに、言ってんだよ……兄貴には、ディーノが居ただろ?」

「ディーノと隼人は…違うだろ?」




確かに俺はディーノが好きで、大切だった

ディーノ居れば他になにもいらないと思えるほど、俺の世界はディーノが中心だった




でも、隼人が行方不明になって、初めて気付いた


ウザったく思っていたはずの弟の大切さを


こんなにも、隼人が愛しいことを




「だって、たった二人だけの兄弟だろ?」

「…っ」

「今の俺は、隼人が居れば他になんもいらねぇんだ。…だから、生まれてこなきゃよかったなんて言うな」

「っ……お兄、ちゃん!」






隼人が生まれて4年


俺は、初めて出来た弟の存在にただ戸惑うように接する事しか出来なかった




そして、それから10年


立派な兄になることに必死で過保護になって、一番大切なものを見失っていたのかもしれない




だからもう一度此処から始めよう



完璧な兄貴にはなれないかもしれない

また隼人を傷付けてしまうかもしれない


喧嘩して、仲直りして


そうやって兄弟の絆を深めて行こう



今度こそ俺が、隼人の笑顔を守るから―――









「隼人…?」



気が付けば隼人は、俺の腕の中で眠っていた

恐らく、精神的に疲労が溜まっていたんだろう


俺は、穏やかに眠る隼人をゆっくりと抱き上げる




「重っ…」




隼人を抱き上げるなんて何年振りだろうか?


初めて隼人を抱き上げた時は……あんなに軽いと思ったのに…

















『コイツが俺の……弟なのか?』

『えぇ、抱いてみる?』

『え!?でも、俺…』

『大丈夫よ。勇人は今日からお兄ちゃんなんだから』



そう言って母が差し出した赤ん坊を抱き上げると、赤ん坊は嬉しいそうに微笑んだ




『…お母さん、コイツの名前は?』

『まだ決めてないの。勇人が決めてくれる?』

『いいのか…?』

『勇人に決めて欲しいの』



母の言葉に俺が再び赤ん坊に目を向ける

小さな手を必死に俺へと伸ばす赤ん坊に、俺は自然と笑みが零れた



『お前の、名前は―――』
















「んっ……お兄…ちゃん」

「クスッ…今はゆっくり休めよ」



勇人は隼人を抱き抱えながら、恭弥と骸が待っているであろう麓へと向かった


その時、桜の木の方から優しい風が吹き、勇人は思わず振り返って桜の木を見上げた




「…父さん?……母、さん?」



今一瞬、二人の姿が見えた気がした


そういえば、隼人の記憶が戻るのを恐れて、あの日から此処には近づかなかったんだよな…


もしかしてずっと…心配して見守っていてくれたのか?






「…春になったら、また来るな」




だからまた家族揃って、花見をしよう―――




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