ごくどきっ!
□その花に想いをのせて
1ページ/1ページ
「暑ぃ〜」
9月に入り、新学期が始まった。
暦のうえでは秋とはいえ、まだ残暑……というか猛暑が続いてる。
子供の頃はイタリアで育った俺にとっては、日本の夏は何年経っても慣れない。
「本当、校内冷房完備にして欲しいぜ…」
恭弥に頼むか?いや、こんなことで恭弥に頼ってどうすんだよ俺。
そんなことを考えながら足速に職員室へ向かっている途中、中庭の渡り廊下で足を止めた。
偶然視界に入ったものを確かめるように視線を向けると、そこには彩り鮮やかな花壇があった。
「夏休み前にこんなのあったか?」
確かこの花壇は誰も手を付けずに放置されていたはず…。
恭弥が業者にでも頼んだのだろうか?
「へぇ、綺麗だなー」
暑さなんか忘れたように花壇へと近づく。
そして、1つの花を見て俺は目を見開いた。
「この花…」
確か昔、家の庭の花壇にも咲いていた。
母さんが一番好きだった花だ。
「名前、なんつったっけな…。確かセンニチ……あ、千日草だ!」
「いいえ。正確には千日紅ですよ」
「っ!?」
突然声をかけられ、慌てて振り返ると、そこに居たのは関わりたくない男No.1……六道骸がいた。
「なっ…」
「花、好きなんですか?」
「え……いや、こんだけ綺麗に咲いてたら興味なくても足が止まるだろ…」
「クフフ、嬉しいこと言って下さいますね。頑張って育てたかいがありました」
「え!?これ、お前が育てたのか!?」
「そうですよ。そんなに意外ですか?」
考えてみれば骸は生物教師なんだし、植物育てるくらい不思議ではないが………あんだけ荒れてた花壇を……コイツが?
「一人でやったのか?」
「えぇ。園芸部の生徒は居ていないようなものですし」
「園芸部?そんなのこの学校にあったか?」
「半年前に僕が作りました。部費が欲しかっただけですので、帰宅部の生徒に名前だけ入部して貰っただけですけど」
「ふーん」
「本当は隼人君にも声かけたかったんですけどね、そうすると風紀委員長さんの許可が下りないかと思いまして…」
「あ、当たり前だろ!?隼人に近づくなって何度言えば分かるんだよ!?」
「クフフ…」
「笑ってごまかすな!!!」
やっぱり骸は苦手だ。
笑顔にごまかされて、何を考えているのかわからない。
「俺…職員室戻る」
「獄寺先生」
「……なんだよ」
「また見に来て下さいね」
「っ……暇だったらな」
六道骸は嫌いだ。
時々、その胡散臭い笑顔に……ほだされそうになってしまう。
「兄貴?さっきから庭ばっか見て何してんだ?」
「え?いや、なんでもない…」
家の庭の花壇は、今は雑草しか生えていない。
庭の手入れをしていたのは親父だったし、両親が死んでからは俺は自分と隼人の事で手一杯だったから、庭の手入れなんかしてないから当たり前だけど…。
「綺麗だったんだけどな……親父の花壇」
どうして今の今まで忘れていたんだろうか。
10年近くもの間、親父とお袋の思い出を……放置してしまっていたんだろうか…。
今からでも、俺が庭の手入れをするか?
いや、でも不器用な俺に花の世話なんて簡単なことじゃない。
となると………骸に教わる…。
そこまで考えて、俺は首を横に振った。
あいつから何かを教わるなんて俺のプライドが許さない。
とりあえず本かなんかで調べるか…。
「獄寺先生、実はお願いがあるんですが…」
「なんだよ、改まって…」
翌日、職員室で事務作業をしていると、骸に声をかけられた。
「実は明日、出張で並盛を離れるんです」
「それで?」
「花壇の水やりをお願いしたいんですが…」
「え……俺が?」
思いも寄らなかった骸の申し出に、俺は目を丸くした。
「最近暑いでしょう?一日でも水やりを怠るのは心配で…。駄目でしょうか?」
「いや、別に構わないけど……なんで俺なんだよ」
骸は女子生徒はもちろんだが、教師にも人気がある。
俺よりも頼みやすい奴がいるだろうに…。
「水やり一つでも、気持ちが大切なんですよ、獄寺先生」
「気持ち?」
「嫌々やっても綺麗な花は咲きません。その点獄寺先生は花がお好きなようだったので…」
「……」
コイツ……本当に花が好きなんだな…。
「まぁ、どうしてもって言うならやってやるけど?」
「クフフ…よろしくお願いします」
骸は、いけ好かない奴だけど……こういう風に生き物を大切にしているあたり
案外いいやつなのかもな…。
「お前らも、幸せものだよな」
翌日の放課後、花壇に水をやりながら俺は呟いた。
朝と昼に水やりをした時も思ったが、並盛で見るどの花壇よりも、この花壇が綺麗だと思う。
やっぱり自分のプライドなんか捨てて、骸に花壇の手入れの仕方を教わった方がいいかもしれないとまで思う程だ。
「千日紅か…」
母さんが一番好きだった花。
俺でも……育てられるだろうか?
「獄寺先生!」
「…骸、どうして?」
「思っていたより早く帰って来れたので様子を見に…。
水やり、ありがとうございました」
「いや……別に」
「今度なにかお礼しますね」
「だったら!……その、花の育て方……教えてくんね?」
俺のその言葉に、骸が目を見開いた。
「花を……育てるんですか?」
「家の庭に花壇あんだけど、10年くらいずっと放置してて…。流石に可哀相かなって…。
出来れば千日紅を育てたいんだけど」
「千日紅、ですか」
すると骸は、少し難しそうな顔をした。
「やっぱり…初心者には無理か?」
「いいえ!そういう訳ではないんですが…。
千日紅は春蒔きの植物なんです。だから今すぐにという訳には…」
「あ…そっか、」
そうだよな。花って蒔く季節決まってるんだもんな。
「今からなら、パンジーなんていかがでしょうか?」
「パンジー?」
「はい。育てるのも比較的に簡単ですし、彩りも華やかになります。
今から蒔けば、冬には花を咲かせますよ?」
「パンジーか…」
「千日紅はそれからでも遅くはありません。春になったらまた、教えてあげます」
そう言って骸が微笑むと、俺の鼓動がドクンと高鳴った。
俺…この夏の暑さに頭が沸いたのかもしれない。
骸の事がカッコイイとか思ってしまうなんて…。
そして数日後の9月9日。
今日は俺と隼人の誕生日だ。
「獄寺先生。今年も母さんがケーキ焼いてくれたんだ。後で持っていくね」
「そんな…。毎年毎年すみません、沢田先生…」
「気にしないで。母さん好きでやってるんだし。それじゃ、また後でね」
そう言って去っていった沢田さんを見送ると、俺も慌てて帰る仕度をした。
早く帰って、隼人にご馳走作ってやらなきゃな。
すると、ガラリと職員室の扉が開いた。
「獄寺先生、よかった。まだ残ってたんですね」
「骸…?」
骸は俺に近づくと、何やら袋を差し出した。
その受けとった袋の中身を見て、俺は目を見開く。
「これ……千日紅?」
それは、植木鉢に移し替えされた、千日紅の花。
「隼人君から今日が誕生日だと聞いたので…。手抜きなプレゼントで申し訳ありませんが…」
「そんなことねぇよ!お前が…一人で育てた花なんだろ?
その、ありがと……な」
正直に言うと、花とかあんまり興味がなかった。
今までだってプレゼントに花を貰う事なんてたくさんあったが、そのどれもが迷惑なものでしかなかったのに…。
骸に貰ったこの花が嬉しいと感じるのは、母さんの思い出の花だから?
それとも、俺が骸に……惹かれてしまっているからなんだろうか…――?
「あ。兄貴おかえりー」
「ただいま……って、隼人……その花?」
家に帰ると、隼人が植木鉢の花を眺めていた。
「ああ、骸に誕生日プレゼントで貰ったんだよ。9月9日の誕生花で"紫苑"って言うんだってさ」
「……ふーん」
そう…だよな。
俺にプレゼントくれたのなんか、骸にとっては隼人のついででしか、ないんだよな…。
なんで俺、馬鹿みたいに一人で浮かれてたんだろう。
「あれ?兄貴のそれって…」
「ああ、俺も骸から。まぁ、隼人のついでだろうけど」
「それ、千日紅だよな?」
「よく知ってるな?」
「あ、うん…その花って…」
「?」
「いや!なんでもない!」
なんだか様子のおかしい隼人に疑問を持ちながらも、とりあえず晩飯の仕度をしようとキッチンへと向かった。
「千日紅って……やっぱアレだよな。兄貴、母さんから聞いてないのか?」
『お母さん、この花好きだよね?』
『えぇ。千日紅はお母さんとお父さんの思い出の花なのよ』
『おもいで?どんな?』
『フフッ、お母さんね、この花でお父さんにプロポーズされたのよ』
「千日紅の花言葉は、"変わらぬ愛情を永遠に"…か」
骸がこの花言葉を知らないわけないよな…。
そうなるとやっぱ骸って兄貴のこと好き、なんだろうな…。
「寧ろついでだったのは俺の方ってか…」
兄貴が千日紅の花言葉の意味を知ったらどんな反応するか楽しみだなー。
まぁ、俺は教えてやんねーけど。
End...
***
勇人が恋に落ちた話でした。
骸さんは花言葉とか詳しいと思います。
好きな花言葉はもちろん『完全無欠(パイナップル)』ですよねv