Melodia-女神の旋律-
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ACT.3『大切なものは、一つじゃなくていい』
(六道骸……かぁ)
教室で自分の席についた獄寺は、窓の外を眺めながら骸の事を思い出した。
骸は10年前、並盛ホールの小さなコンサートで出会った少年と、同じ言葉を言った。
ただの偶然だったのかもしれない。
あの時の少年が六道骸だったのなら、日本では珍しいこの銀髪を忘れてるとは考えづらいし、忘れてるだけだとしても、あの時の言葉はそんな簡単に忘れられる……その程度だったということだ。
(もう、アイツには関わらないようにしよ)
思い出したくないんだ。
ピアノを……音楽を好きだった頃の自分なんて…。
その時、ガタリと前の席の椅子に誰かが座った。
チラリと顔を上げると、本来のその席の持ち主ではなく、今朝顔を合わせたばかりの山本武がニッコリと笑顔を向けていた。
「……なんだよ」
「骸から聞いたぜ!獄寺、ピアノ上手いんだってな!」
「だからなんだよ。てめぇには関係ねぇだろ。それに、ピアノはもう辞めたんだ」
俺はこの山本武という存在が嫌いだった。
入学して、クラスメートの名前なんて覚える気もなかったのに、教室にいるだけでコイツの名前が耳に入った。
いつもクラスの中心にいる人気者。
雲雀のように群れを嫌う訳ではないが、一人で居る事を好む俺とは正反対の奴だった。
でも、山本の事がよく目に留まっていたのはそれだけが理由ではない。
寧ろ、気になっていたのは山本ではなく、よく一緒にいる沢田綱吉の方だった。
沢田も、ある意味山本とは正反対の奴だった。
要領が悪くて鈍臭い。
入学して間もないと言うのに、ついたあだ名がダメツナ。
平凡するぎる、普通の少年。
クラスの人気者と、クラスの落ちこぼれ。
最初はこの二人が親友という関係にあることがただ疑問だったから、気になってしまったのだと思っていた。
だけど、一日に何度も沢田綱吉に目がいってしまうのが不思議でならなかった。
恋心、なんて甘酸っぱい感情ではない。
そんなのよりもっと温かくて、でもどこか切なくて……懐かしい、と感じてしまう。
「関係なくはねぇよ。俺も軽音部だし。獄寺が入部してくれたら嬉しいし!」
「は…?」
軽音部?こいつが?
「お前……野球部じゃなかったか?」
「両部掛け持ちしてるのな。てか、俺が野球部だって知ってたのなー」
嬉しいのなーっと呑気に笑みを見せる山本に、俺は眉間にシワを寄せた。
「野球部の期待のエースが掛け持ちなんてしてていいのかよ?言っとくけど、そんな中途半端じゃ音楽は続けられねぇよ?」
そんな軽い気持ちで、始めて良いものじゃない。
「………獄寺って、音楽大好きなのな」
「なっ…!?」
最初こそ驚いて目を見開いた山本だが、直ぐにまたヘラヘラした笑顔に戻った。
「な、なに言って…」
「だって、中途半端に音楽やる俺が許せなかったんだろ?それって好きだからじゃん」
「違っ…俺は…!」
言い返そうと思って、俺は言葉に詰まった。
確かに俺は、山本対して苛立っていた。
でも、どうして?
誰がどんな想いで音楽をやろうと……俺には関係ないのに…。
「あ、でも。俺はそんないい加減な気持ちで軽音部に入部したわけじゃないぜ?
確かに、最初はツナの付き添いで見学に行っただけだったんだけどな」
「沢田の……付き添い?」
ってことは、アイツも……軽音部。
「俺さ、今までずっと野球三昧の生活でさ。野球は好きだし、満足はしてたんだけど、それだけじゃダメだって思ってたのな」
「なんでだよ…?野球が好きなら、野球だけしてればいいだろ?」
「親父の口癖なんだ。一つの事に夢中になれるのは素晴らしい事だけど、色んな事に挑戦しないと世界は広がらないって」
「世界…?」
「大切なものは一つじゃなくていい。色んな事に挑戦して、失敗して、挫折して……そうやって人は大人になるんだぜ?」
「っ…」
大切なものは……一つじゃなくていい?
俺にとっての、大切なものは……それは――
「獄寺の事情はよくわかんないけど、ピアノは辞めたんだろ?だったら軽音部に入ってみないか?同じ音楽だけど……獄寺の世界が広がるかもしれないぜ?」
俺の、世界……それは―――
「お前にはっ……関係ねぇだろ!!!」
そう言って俺は山本を睨みつけ、教室を飛び出した。
俺の世界の中心は、
俺の一番大切なものは……音楽なんかじゃない。
「母……さん、」
母さんだけいれば、俺はそれでよかったんだ。
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