Melodia-女神の旋律-
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ACT.5『音楽続けても、いいのかな?』
「隼人が、ですか?」
「うん、詳しくは聞いてないけど、音楽のせいで大切な人を失ったみたいだった」
「だから獄寺、あんなに辛そうな顔してたのな」
放課後の音楽準備室で、綱吉達は昼間の獄寺の様子を語った。
「隼人の大切な人…まさか。雲雀君なら詳しく知っているでしょうか」
「えぇ!?雲雀さんに聞きに行くの!?」
「僕にはあまり時間がないのです。一秒でも早く隼人には軽音部に入部して貰わないと…」
そう言って音楽準備室を飛び出す骸を、綱吉と山本は呆然と見送った。
「時間がないって、なんだろ?」
「さぁ?つか、骸ってなんであそこまで獄寺にこだわるんだろうな?」
「……惚れちゃった…とか?」
「えー。骸がライバルって厄介だな。雲雀だけでも厄介そうなのに」
「は…?」
さらりと問題発言をする山本に、綱吉は目を丸くする。
(なんか、獄寺君が入部したら大変なことになりそうな予感…)
そう思いながらも、誰も使っていないキーボードに目を向け、獄寺がそこで笑顔を向けてくれる日が来ることを願った。
「君が僕を訪ねて来るなんて珍しいね、六道骸?」
「ちょっと雲雀君に聞きたい事がありまして……隼人の事なんですが」
その名前に、雲雀はピクリと反応する。
「隼人に近付くなって言ったの忘れたの?」
「覚えてますよ。ですが、了承した覚えはありません」
その強気な態度に、雲雀は舌打ちをする。
この男には何を言っても無駄だ。
「隼人が失った大切な人が誰だか、雲雀君はご存知ですか?」
「っ……なぜ、それを?」
それを知っているのは僕と、あの保健医だけのはず…。
「…知っているんですね」
「だとしても、君に教える義理はない」
「……獄寺と言う名前、どこかで聞いた事があると今日一日ずっと考えていたんですが……さっき思い出しました。
ラヴィーナと言うピアニスト……もしかして、隼人の?」
「っ………」
無言で睨みつける雲雀に、やはりそうだったのかと骸は確信する。
ラヴィーナは希代の天才ピアニスト。
そして、悲劇のピアニスト…。
「それだけ分かれば十分です。隼人が音楽を憎む理由は分かりましたから」
そう言って雲雀に背を向け、応接室の扉に手をかけると、骸は思い出したかのように振り返った。
「そういえば雲雀君は音楽をするんですか?」
「何を突然…。僕は聴く専門だから興味ないよ」
「…そうですか、なら。
雲雀君に隼人の心を癒す事は、不可能ですね」
「っ…!?」
そう言って骸は応接室を立ち去り、残された雲雀は拳を強く握り締めた。
「やっと見つけましたよ、隼人」
獄寺が屋上で空を眺めていると、骸が現れた。
ああ、また勧誘か、と獄寺はため息をつく。
「何度も言ってるけど俺は…」
「軽音部に入る気はない、ですよね?安心して下さい。諦めた訳ではありませんが、今はその話をしにきた訳ではありません」
「……じゃあ、なんだよ」
「君の、お母さんのことで…」
「っ!?」
予想外の骸の言葉に、獄寺は目を見開いた。
「…知ってるのか?」
「その手の業界では有名人でしたから」
「っ……そっか」
俺の母親、ラヴィーナは天才ピアニストとして有名だった。
2年前、交通事故に遭うまでは…。
その事故で母さんは奇跡的に命を取り留めた。
だけど、事故の後遺症で両腕がマヒし、一生ピアノが弾けない身体になってしまった。
母さんのピアノが聴けなくなったのは悲しかったけど、生きていてくれただけで俺は十分嬉しかった。
母さんの代わりに、俺がピアノを弾こうって…。
だけど、母さんは違った。
母さんにとって一番大切なものは命でも、俺でもなくて……音楽だったのだ。
音楽を失った世界は母さんを狂わせ、母さんは病院の屋上から自殺し、還らぬ人となった。
俺を一人、残して…。
「貴女が音楽を憎む気持ち、僕には分かります」
「っ……分かるわけないだろっ!!!そんなのただの綺麗事だっ!!!」
「いいえ。分かるんですよ、僕には。僕も同じですから」
「え…?」
「僕の母は、イタリアで歌手をしていました。しかし、喉の病気になって声帯を失い……自殺しました」
「っ……嘘、だろ?」
じゃあ、コイツは……本当に俺と同じ苦しみを…?
「まだ幼かった僕は母の命を奪った音楽憎みましたよ。貴女と、同じように…」
「なら…どうして?」
骸の奏でる音楽を聴いた事はないけど、心のそこから音楽を愛してるんだって事は分かる。
どうしてだ?
大切な人を奪った音楽を、どうして愛せるんだ?
「…僕はただ、知りたかっただけなのかも知れません」
「何、を?」
「命や家族を捨ててまで母が愛した音楽がどんなものか、知りたかった。だから音楽を始めた。そして、音楽を好きになった……それだけです」
「……それで、分かったのか?お前のお袋さんが、そこまで音楽を愛した理由?」
「それはまだ。でも、隼人と居ればその理由が分かるような気がするんです」
「お前…」
「だから一緒に、探しませんか?」
俺にも、分かるだろうか?
あの時の、母さんの気持ちが…。
「俺…音楽続けても、いいのかな?」
「もちろんです。もう一度聴かせて下さい、貴女の旋律を…」
いつか、後悔するかもしれない。
音楽を続けた事で、苦しむ事があるかもしれない。
だけど、聴いてみたいって思ったんだ。
俺と同じ境遇にある骸の旋律を。
そして俺も一緒に、奏でてみたいって、思ったんだ。
15歳の春。
俺は再び、音楽の世界へと足を踏み入れた――
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