Melodia-女神の旋律-
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ACT.6
獄寺の軽音部入部により廃部の危機を逃れ、骸は気分上々で放課後の音楽準備室を訪れた。
「お疲れ様で…」
「お前よくそんなんで軽音部に入ろうと思ったな!?」
「んな事言われても楽譜なんて読めないのな」
部室の扉を開けて、骸の気分は低下した。
後輩にあたる3人が自分より先に部室にいるのはいつもの事だ。
だけど今日は1人足りず、獄寺と山本が二人っきりで肩を寄せて楽譜と睨めっこしていたのだ。
「あ、骸。お疲れさん!」
「お疲れ。なにボサッと突っ立ってんだ?」
「いえ…綱吉君はどうしたんですか?」
山本が居ないだけなら野球部の方に向かったのだと検討はつく。
だが、綱吉が部活に顔を出していない事は初めてだった。
「沢田さんならセンコーに呼び出されたみたいだぜ?」
「後から来るってさ」
「……そうですか。ところで隼人。前から思ってたのですが、どうして綱吉君だけさん付けなんですか!?年上の僕は呼び捨てなのに…!!!」
「沢田さんは沢田さんだろ」
どうやら獄寺は、綱吉の音楽に惹かれたらしい。
恋愛云々の感情ではないらしいが、綱吉と自分の態度の違いに骸は憤りを感じていた。
「せめて先輩って呼んで下さい!ほら、骸せんぱ…」
「キモい」
ゲシッ、と獄寺の蹴りが骸のみぞおちにヒットする。
それは獄寺が入部してから見慣れた光景になってしまった為、山本も最早骸を心配するそぶりも見せなかった。
「なんか獄寺って、ツナと雲雀とそれ以外って感じなのな」
「僕はそれ以外ですか!?」
「それ以下だ」
「ひ、酷いです!」
それ以下、と言いながらも、骸と居るときの獄寺は凄く生き生きとしている。
入学したばかりの頃、教室でいつも一人で冷たい表情をしていた獄寺と同一人物とは山本には思えなかった。
どんな理由でかは知らないが、結局獄寺に入部のきっかけを与えたのは骸だ。
その事実に、山本は少し胸の痛みを感じた。
ガラッ!
「獄寺君!山本!どうしようっ!!!」
その時、真っ青な顔をした綱吉が部室に顔を出した。
その手には、大量のプリントが抱えられている。
「ど、どうかしたんですか沢田さん?」
「じ、実はね…今日入学して最初の実力テストの結果が返却されたじゃない?」
「ああ、ツナそうとうヤバかったって言ってたよな」
「それが、その……全部赤点で…。来週の追試で全教科60点以上とらないと、夏休みまで放課後はみっちり補習……って言われちゃった」
「な、なんですかそれは!?」
綱吉の言葉に一番驚愕したのは意外にも骸だった。
綱吉は音楽はまるで初心者で、部員の中で最も練習を要する人物だ。
2学期の頭にある文化祭まで毎日の練習を欠かす訳にはいかない。
「綱吉君、意地でも60点以上取りなさい!」
「無茶言うなよっ!一週間しかないんだぞ!?」
「だ、大丈夫ですよ沢田さん!追試の問題は普通の問題よりも簡単に出来てるはずですから…!」
「大変なのな、ツナ。俺は数学以外はギリギリセーフだったからな…」
「勉強会しましょう!俺に出来る事ならなんでもしますから!」
「ありがとう、獄寺君。出来ればまず敬語辞めて欲しいんだけどね…」
こうして、せっかく動き始めた軽音部の活動もままならないまま、綱吉の追試対策が始まった。
「いいですか、沢田さん。この問題はこっちの公式を用いまして…」
「ごめん、その公式からよく分からない…」
「えっ…えっと、」
「これは重症みたいですねぇ」
軽音部の練習が出来ないなら、と野球部の練習に向かった山本を除き、音楽準備室では課題用のプリントを囲む3つの陰があった。
「にしても隼人は頭よかったんですね」
「悪いかよ!」
「ちょっと意外だっただけですよ」
「獄寺君、学年で一番だったもんね…俺はブービーだけど、」
「一番やビリを取るより難しいですよ。ある意味尊敬します」
「骸……絶対に褒めてないだろ?」
なんでこんな事になってしまったんだと綱吉は頭を悩ませた。
獄寺君に個別指導して貰えるのは実はちょっと嬉しかったりするけど、正直獄寺君の教え方は解りづらい…。
いや、教えを乞う身としては文句なんて言えないが。
「隼人の教え方は理論的過ぎますよ。綱吉君向きではないんじゃないですか?」
「なっ…だったらお前が教えろよ!頭良いんだろ!?」
「野郎に勉強教える趣味はありませんから。隼人だったら個別指導しますけど?」
「果てろ変態っ!!!」
あのさ、俺を挟んで喧嘩しないでくれないかな?
こんな調子じゃ追試合格するわけないよ…。
「安心して下さい。強力な助っ人を呼んでありますから」
「「助っ人?」」
「多分、そろそろ来る頃だと思いますよ」
強力な助っ人って誰だ?
骸の知り合いにそういうのが得意な人がいるんだろうか?と綱吉と獄寺が頭を傾けると、廊下の方からパタパタと足音が聞こえてきた。
そしてその足音が止まると、ガラリと部室の扉が開く。
「よっ!久しぶりだな、ツナ!」
「ディ、ディーノさん!?」
「ディーノ?」
綱吉がディーノと呼んだ金髪の青年に獄寺は目を向ける。
その名前には聞き覚えがあった。
(確か、沢田さんの憧れの人…)
一度会ってみたいとは思っていたが、こんなに早く会えるとは予想外だ。
そしてディーノは、綱吉の隣に居る獄寺を見て目を丸くした。
「山本……随分雰囲気変わったな…」
「はぁ!?」
「ディーノさん…」
「貴方のその天然はどうにかならないんですか?隼人は女の子ですよ?」
「えぇ!?もしかして新入部員だったのか…!?」
なんだコイツは?
山本も大概天然な奴だと思ってはいたが、コイツはそれ以上だ。
どこをどう見たら俺と山本を間違えるんだ?
「わ、悪いな…俺はここのOBのディーノだ。よろしくな」
「…獄寺です」
差し出されていた手には無視をし、そっけなく名前だけ名乗った。
なんとなく苦手な奴、そう思ったから。
「えっと…」
「すみませんディーノさん。獄寺君、誰にでもこんな感じなんで…。それより、骸が呼んだ強力な助っ人ってもしかして…?」
「え?あ、ああ。ツナの緊急事態だって言われたから来たんだけどな」
「うわぁ!ありがとうございます!ディーノさんが居てくれると心強いです!」
嬉しそうに笑う綱吉に、本当にこんな奴のこと尊敬してるんだなぁと獄寺は実感した。
(確かに…人は良さそうだけどな)
容姿だって100人が100人美形と答えるだろう。
その上、頭も良いのならまさに完璧だ。
「ここじゃ骸達の練習の邪魔になるだろ。図書室行こうぜ」
「はい!」
そう言ってディーノは肩に背負っていた楽器ケースを部室の隅に置くと、扉へと向かった。
そこで完璧な人間なんてそうそう居ないのだと実感させられる。
ドテーン!
「イテテ…躓いちまった」
「ディーノさん…」
「な、なんもない所で躓くか?普通?」
「相変わらず、楽器を持ってないとヘナチョコですね」
こんな奴に任せて良いのかと頗る不安になった。
ディーノ1人に任すのは不安で、骸を一人残して獄寺は綱吉達と共に図書室に訪れた。
「この公式はさっきの応用でな…」
「あ、そっか!」
「……」
教え方は、凄く上手いと思う。
教師の授業より分かりやすいし、骸が頼っただけはあると実感させられた。
「お前…教師でも目指してんのか?」
「ん?そういう訳じゃねぇけど、カテ教のアルバイトとかしてたしな」
「俺と山本の受験勉強もディーノさんが見てくれたんだよ。じゃなかったら俺今ここにいないよ」
「ははっ。そう言って貰えると嬉しいぜ!」
「カテ教……ね」
俺は今までそんなのとは無縁だったな…。そんな裕福な家庭でもなかったし。
そういえば雲雀も高校受験の時、親が勝手に家庭教師雇ったって言ってたっけ?
「懐かしいなぁ、カテ教のバイト。せっかくだから後で恭弥んとこでも顔出すか」
「は…?」
「恭弥って、もしかしてディーノさんが家庭教師したのって、雲雀さんなんですか?」
「そうだけど……お前ら入学したばっかなのに恭弥を知ってるのか?」
予想外の名前に、獄寺と綱吉が目を合わせて驚く。
「知ってるも何も…獄寺君と雲雀さんは幼なじみだし」
「え、恭弥と…?」
綱吉の言葉に、今度はディーノが目を見開いて驚き、獄寺へと視線を向ける。
その視線がなんともいたたまれなくて、獄寺はフッと視線を反らした。
「別に、家が近かっただけだし」
「そっか…幼なじみ。お前の事だったのか」
「は?」
雲雀から自分の事をなんか聞いているのだろうか、と獄寺は首を傾げるが、ディーノはニコッと笑み見せるだけでそれ以上雲雀の事は口にしなかった。
「よし、基礎はこれで大丈夫そうだな。じゃあこの課題プリント一人でやって、後で答え合わせな」
「はい!あ、獄寺君は部活戻っていいよ?骸一人じゃ流石に可哀相だし、これやるの時間掛かるからさ…」
「え…ですが、」
「あ、じゃあ俺も一緒に行ってもいいか?久々に骸と合わせたいしな〜」
「はい、終わったら部室行きますね」
そう言われてしまったら邪魔をする訳にもいかず、獄寺は仕方なくディーノと共に図書室を後にした。
「なぁ、隼人は恭弥と仲良いのか?」
「は?なんだよいきなり…」
二人で廊下を歩いていると、突如ディーノが口を開く。
つか、いきなり呼び捨てとか馴れ馴れしいと思ったが、一応綱吉の憧れの人だし、と獄寺はそれを口にすることは辞めた。
「いや、さ。あいつ友達いないのかと思ってたからちょっと安心したって言うか…」
「……カテ教ってのは生徒の人間関係にまで口出しするのか?」
「出させてくれなかったから心配なんだよ。家族ともあんま上手くいってないみたいだったしな」
「……」
ディーノの言葉に、獄寺は少し驚いた。
雲雀は確かに家族とはあまり上手くいっていない。
獄寺が雲雀以外にはあまり心を開かないのと同じで、雲雀も獄寺以外には肉親にすら心を開いていない。
だが、表向きではそんな様子は一切見せない。
だから、それに気付いたディーノに驚きが隠せなかったのだ。
(よく見てんだな、雲雀の事…)
風紀委員を筆頭に、雲雀を尊敬し、崇める人はたくさんいる。
だが、部下とかではなく同じ目線で雲雀の事を考えてくれたのは、ディーノが初めてだった。
獄寺は純粋にそれが嬉しく思った。
「沢田さんがお前を尊敬してる理由が、ちょっと分かったかもな」
「へ?」
「…なんでもない」
誰にも、俺にだって頼る事をしない雲雀でも、いつかディーノにだったら頼る日が来るかもしれない。
それが俺でない事は少し悲しいが、そういう存在が雲雀の側にいる事に安心した。
「なぁ、お前のベース聴かせて貰ってもいいか?」
沢田さんを虜にし、音楽の世界に導いたその音色を、俺も聴いてみたい。
そう思って問い掛けた言葉に返事はなく、ディーノは目を見開いたまま獄寺を見つめていた。
「な、なんだよ…ダメなのか?」
「あ、いや!そうじゃなくてさ!俺に笑いかけてくれたの初めてだったから……可愛いなって」
「はぁ!?」
なにかと思えば何を言ってるんだコイツは!?
骸といい、美形ってのはくさい台詞を簡単に言える種族なのか!?
「隼人、顔赤くなってるぜ?」
「うっさい!馴れ馴れしく呼ぶなっ!!!」
こうして俺は、ボンゴレ学園軽音部OB、ディーノと出会った。
そして、彼との出会いもまた、俺を音楽の世界へと魅了する……運命の出会いの一つとなる。
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