情炎に溺れる華(長編)

□2 囚われ人
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「入るよ、白哉」

言い終わる前に開けられる襖。中は薄暗く、狭かった。二つしかない円形の切り窓の、格子の隙間から入り込む微かな光が、その部屋を辛うじて照らしている。

簡素な白の屏風が、視界を隔てていた。奥にあった人影が、微かに動く。

「新しく入った阿散井君だ。君の身の回りの世話をしてくれる」
藍染の言葉に返答はない。それに気を悪くすることもなく、藍染は続けた。

「以前雇っていた者たちは皆やめてしまってね」

部屋の仕切りよりも外に立つ恋次を振り返る。笑みを浮かべると、入るようにと目で促す。
恋次は躊躇いながらも部屋に足を踏み入れると、膝を付いた。

「よろしくお願いします!」

一瞬の静寂。

奥にあるその人の手が、ゆっくりと屏風を横へずらした。






その瞬間。


恋次ははっと息を呑んだ。
その人を見た瞬間、全身に衝撃が走る。

その人は、ぞっとするほど美しい人だった。
透明な肌は白く、薄い。首筋に流れる黒髪は艶やかで、上質な白の衣によく映える。

見れば、射るような強い双眸が恋次を捉えていた。

全てを拒絶するような虚ろな色を湛える黒曜。
その瞳の奥に潜む、強固な誇り。


息をするのも忘れて、恋次はその人に心を奪われていた。


「………藍染」

凛とした声に、恋次ははっと我に返った。見れば、いつの間にかその人の視線は逸らされていた。窓際に立つ藍染が白哉を見下ろす。

「何のつもりだ」

囲われ人とは到底思えない、厳しい声色。
恋次は、ぎくりと胸が軋んだのが分かった。二撃目の衝撃に、戸惑いに揺れる目を瞬かせる。
恋次の動揺は目にも明らかだった。

思いの外低い声。

囲われているのが、男だとは…。
見た瞬間、気づかなかった。その場合、世話係は俺じゃなく、女が任されるのが当然なんだろうが。

藍染はちらりと恋次を見て微笑すると、組んでいた腕を解いた。
「いい男だろう。もう気に入ったのかい?」
冗談か否か区別のつかない口調で白哉に言う。その言葉に表情を変えることなく、白哉は藍染を睨みつけた。

「…世話係はいらぬと言ったはずだ」

恋次はじっと、その二人のやりとりを見つめていた。最初に目を合わせた以降、白哉の視線はこちらと交わらない。

「僕が要ると判断したんだよ、白哉」
「……」

そう言われてしまえば返す言葉もない。当然だ。この家の主人はこの男なのだから。
恋次は、横を通り過ぎた藍染から目線を外して、唇を噛み締めたまま俯くその人を見た。

一体この人は何者か。
家主に臆することなく厳しい言葉を投げる、この麗人は。

「驚いたかい?」
「えっ…」
唐突に後ろから声が掛かって、困惑する。主人が男を囲っていることに対して、ということだろうか。
「…いえ…俺は、別に…」

藍染が声を上げて笑う。

「聞かれても困るって顔をしてるね」

ぎこちない笑みを口元に浮かべてみるが、きっとばれている。

「来なさい」
「はい」

さっと立ち上がり、部屋を出る前に一礼する。そっと視線を上げれば取り残されたその人が、じっと耐えるように両膝の上で拳を握り締めていた。
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