情炎に溺れる華(長編)

□1 序章
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「あの子の命はお前に掛かっている…それと同時に、俺たちの命運も。」
「はい…必ず、助け出します」

雨音の響く、広く簡素な作りの座敷。
白い長髪の男が、病床に臥していた。上体を起こし、正面に膝を着く赤髪の男に何かを渡す。

「常にこちらから位置は把握出来るが…何かあったら、すぐに連絡するようにな」

発信機の付いた携帯電話。それ以外、この場所に関連するものは持っていかない決まりだった。もちろん、この携帯ではこの場所を割り出すことは不可能に近いのだが。

頭を下げ、立ち上がる。
部屋を出る一歩手前で、呼び止められる。

「阿散井…必ず戻って来い」
「…はい」











目立つ赤髪を隠すことなく、男は家に横付けされた黒塗りの車に乗り込んだ。
手渡された写真。先の携帯も合わせて、手に持ったのは鞄一つのみ。
窮屈なのか、真新しいスーツの首元を緩める。

生まれてすぐ、世間から抹消された男。
それ以降、闇の世界で息を潜めていた。身元が明らかになることの無い、存在しない人間。
だから、この件を任された。

偽装した身元を、頭で復唱する。



素性が知れたら命はない。それどころか、自分を匿ってくれた人たちも追われる身となってしまう。

失敗は許されない。


ぎり、と男は歯を噛み締めた。
 

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