情炎に溺れる華(長編)

□2 囚われ人
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「阿散井恋次といいます!不慣れですが、よろしくお願いしますっ!!」


この場に到底似つかわしくない威勢の良い声が、部屋の障子をびりりと震わせた。
品の良い和室の下座で、畳に額をつけるほど頭をつけた男。ぱっと目に付く深紅の長髪が、頭の上で揺れた。
対して、上座に座る男は穏やかな笑みを口元に宿し、その赤髪の男を眺めている。

「もう知っているとは思うが、こちらが主人である藍染様だ。」

入り口に控える初老の従者が、いささか冷ややかに、目の前で土下座する男を見下ろした。
突如屋敷に転がり込んできた赤髪の男――恋次が、恐る恐る顔を上げる。

見れば、従者も含めてこの屋敷に住まうほとんどの者が、袴姿であった。まるで、自分が違う時代に迷い込んだような錯覚に陥る。
そう思えば、恋次の背広姿は酷く滑稽に見えた。

藍染と呼ばれた男が苦笑しながら、従者を制す。
「堅苦しいな。僕はここを留守にすることが多いからね。君は、自由にやってくれて構わない」
「えっ」
「藍染様―――」
従者の咎めの視線を片手で遮って、藍染が立ち上がった。

「来たまえ」

障子を開け放つと、すたすたとどこかへ歩いて行ってしまう。慌てて後を追う恋次。廊下は、離れの一室に繋がっていた。

藍染は腕を組んで歩きながら、思いついたように言った。ちらりと恋次の背広姿を見やる。

「明日からは和装してくれ。景観を損ねたくないのでね」
「あ、はい!」
「従者に言っておこう」
「はい」


雨避けの屋根が途切れ、藍染が立ち止まる。上を見れば、僅かな隙間からしとしとと落ちてくる雨粒。梅雨の長雨が薄い壁となって、行く先を閉ざしていた。
「あっ」
弾かれたように恋次が踵を返してどこかへ走り去ると、すぐに戻ってきた。
手には、竹の骨に艶やかな紅色の和紙を張られた傘。慌てて開くと、藍染の頭上にかざす。

僅か、数歩。

石畳の上、大股で歩けば足裏を濡らすこともなく。
恋次が傘を下ろす。その間も、藍染は平然と進む。

「変だろう。施工が悪いわけではないのだがね」

穏やかに言いながらも、恋次を見ることはない。

広い庭園の中にぽつんと佇むそこは、人気がなく静かであった。
母屋から切り離されたその座敷。それは、まるで外界から隔離されているようにも見えた。
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