情炎に溺れる華(長編)
□5 秘め事
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深紅の髪を頭の上で揺らしながら、恋次は廊下を歩いていた。
ドタドタと音を立てながら、大股で向かう先は離れの一室。
空には梅雨特有の長雨の、重い雲が漂っていた。
庭園の池の水面に、無数の波紋が重なる。
雨は、静かに降り続く。
恋次の両手の盆には、白い陶器の急須と湯呑み、白い粉末の入った透明な袋と錠剤が置いてあった。
「っと…」
屋根が途切れた敷石を飛び越える。危うく盆を落としそうになって、立ち止まる。
「あぶねっ」
ほっとため息を吐いたのも束の間、盆の急須が滑った。
慌てて平行に傾ける。
毎日決まった時間に白哉に服用させる、薬。その管理を全て任されたものの、その薬の成分や効能については何一つ知らされていない。
そして、何のために飲ませるのかも…。
数歩進み、障子を開ける前に中に声を掛ける。
「入りますよ…白哉さん」
障子を滑らせると、布団に横たわり静かな寝息を立てている白哉を見つける。
傍に膝を着いて、盆を横に置いた。
「白哉さん」
朝です、と耳元で言うと僅かな身じろぎの後、ゆっくりと瞼を持ち上げた。
現れた黒曜の双眸が、天井を呆然と見つめる。
「………」
数回瞬きをして視線が恋次とぶつかると、白哉はむくりと上体を起こした。
ぼうっと自分の膝辺りに視線を落とし、ゆるやかな動作で額を押さえる白哉。
その表情が険しく顰められているのを見とめ、恋次は眉を顰めた。
「どこか…調子でも悪いんですか…?」
顔を覗き込むと、さっと視線を逸らしてしまう。
「………」
さらり、と。
首筋に掛かっていた黒髪が流れ、その白い肌を露にする。
「!」
恋次ははっと息を呑んだ。
首筋に、幾つもの赤い痣。
白く透き通った肌に痛々しく刻まれた、愛撫の印。
視線に気付き、しまった、というように首に手を当てる白哉。
動揺に揺れる双眸が、足元に落とされる。
その表情は、苦渋と嫌悪に満ちて。
その人が吐いた溜息は、微かに震えていた。
昨晩…
藍染が、帰宅後すぐに離れに向かったのを、恋次は見届けていた。その時、近くに誰も来させないようにと、命を受けたのも自分だった。
「……大丈夫……ですか?」
やっとのことで吐き出した言葉。
言ってから、後悔した。
……大丈夫なはずがない。…そんなこと、聞かなくたってこの人の表情を見ればすぐに分かる…。
…愚問だ。
白哉から視線を外し、話題を変えようと口を開きかけた直後。
「……大事無い…」
酷く、か細い声だった。