花ざかりの君たちへ
□少年
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アスファルトを叩く雨音。
真夜中の静寂の中、その音はいっそう強く響く。
雨の音しか聴こえない。
そんな夜は、何故か普段は脳裏の奥深くに眠っているはずの幼い頃を思い出す。
母親を亡くしたあのときの悲しさ。
そのせいで変わってしまった父親との蟠り。
俺が家を飛び出して、1人になった弟。
そして、俺は高校ではハイジャンから逃げた。
確か、親父が変わってしまう前までは、跳ぶ事がすごく楽しかった。
だけど、親父が変わってしまってからは、ハイジャンが辛くて辛くて仕方が無かった。
ただ記録を伸ばしているだけで、周りの目ばかりを気にするようになり、自分の本来のジャンプを見失った。
跳ぶ瞬間に見える、あの真っ青な青空を見る余裕もいつのまにか失っていた。
ハイジャンから離れて、淡々とした毎日を送っていた時に、芦屋が転校してきた。
最初は確かに疎ましい存在だったけど、いつの間にか手放したくない存在になっていた。
俺の跳ぶ姿が見たくて日本に帰国した―
そうか。俺はあの時、決して独りじゃなかったのか。
姿が見えなくても、心の底から応援してくれていた人間がいたんだ。
なんて、当然ながら気付かなかったけど。
だから、もう一度俺は跳ぶ。
たった一人の、初めて心から愛しいと思えた彼女の為に―
たとえ、現役時代のように跳べなかったとしても、ただ純粋にバーを跳び越えていた、あの頃のような気持ちを取り戻せば。
もう一度、逢える気がする。
「少年」だった頃の自分に。
END