雑歌

□白の世界
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 朝、政宗が寝所から出ると一面真っ白だった。
「……寒っ……」
 思わず身を縮込ませる。それに気付いた女中が羽織を差し出してくれた。
「この吹雪は、昨夜からか」
「はい。ひどくなったのは今朝方ですが」
 受け取りついでにそんな会話を交わす。そうか、と呟いて、政宗は部屋を出た。
 ひどい吹雪。
 この奥州ではよくあることだ。逆に冬は雪が降らない日の方が珍しい。
「……白い……」
 外の景色を眺めながら、政宗はぽそりと呟いた。
 雪を伴った風は激しく吹き荒れ、見える世界を全て白に変える。
 有無を言わさず、抗う暇さえなく、あっという間に。それは何の区別もなくて、いいものも悪いものも何もかもを白く隠す。一歩、この風の中に身を置けば、自分もこの白に消えてしまいそうだ。
 ―――いっそ、この世の全てを。
「……何を馬鹿なことを」
 一瞬浮かびかけた考えを自嘲して消す。吐き出した息も真っ白に変わり、白に溶けた。
「……ん?」
 景色から正面に視線を移すと、廊下の突き当たりに見知った背中を見つけた。
「小十郎じゃねえか……」
 自分の大切な、とても大切な人。彼は廊下の突き当たりに立ってじっと外を見つめていた。
「あんなとこで何してんだ……?」
 不思議に思いながら小十郎との距離を詰める。近づく気配に気付くかと思ったがそんな様子もなく、政宗は首を傾げつつ声をかけようとした。
 しかし次の瞬間、何を思ったか小十郎は一歩前へと足を踏み出した。
 吹雪の中へ。
 白の中へ。
「―――!?」
 その時政宗の胸に沸き上がったのは驚きでも呆れでもない。恐怖だった。
 小十郎が。
 吹雪の中へ。
 白の中へ。
「……っ」
 声が出ない。代わりに足が動いた。必死に手を伸ばして、その背中を捕まえる。
「……政宗様?」
 小十郎が驚きの声を上げるが、政宗は気にせず小十郎を強く抱き締めた。
 伝わってくる暖かさに、小さく息を吐く。
「政宗様、いかがなさいましたか?」
「……それは」
 驚きから心配に変わった声音に、政宗は少しだけ笑った。
「こっちの台詞だ……何、してんだよ」
 この吹雪の中、しかも普段着で外に出るなんて普通ではない。言外にそう言い含めると、小十郎も少し笑った気配がした。
「ああ……いえ、ただあれは何だろうと」
 あれ、と言われて政宗は小十郎の指差すほうを見る。さほど遠くないそこには低い木があって、その木の枝に何かが引っ掛かっていた。吹雪のせいで、それが何かまでは分からない。
「……別に、たいしたもんじゃねえだろ」
 風になびいている様から、誰かの着物か羽織か、そんなものだろう。それに小十郎が気をとられていたのかと、それで自分が焦ったのかと思うと、妙に腹立たしい。
「そうなんでしょうが、どうも気になってしまって」
 そう言いながら小十郎は体を器用に反転させ、政宗と共に元いた場所へ戻る。
「ああ、少々濡れてしまいましたね」
 彼が髪や肩に付いた雪を軽く払う間、政宗はただ強く小十郎の着物を握り締めていた。
「政宗様?」
 政宗の様子に気付いた小十郎の手が止まる。
「本当に、いかがなさいました……?」
 そう問われたが、政宗は何も答えられなかった。
 何と言えばいいのだろう。胸には未だ恐怖が残っていて、手が知らず知らず震える。
「政宗様」
 そ、と。小十郎の手が政宗の手に重なった。顔を上げると、優しい小十郎の瞳とぶつかる。
「何が、怖いのですか」
 瞳以上に優しい声が、静かに問うた。
 何で、と問い返そうとして、やめた。悪戯に10年、共に過ごしてきたわけではない。この胸の恐怖を、小十郎相手に隠せるわけはなかった。
「……吹雪が」
「吹雪が、怖いのですか」
 確かめるような小十郎の言葉に、政宗は一つ頷く。
「何故」
 重ねて小十郎が問う。変わらず優しい瞳に、政宗は笑おうとして笑えなかった。代わりに浮かんだ情けない顔を見られたくなくて、その胸に頬を寄せる。
「……吹雪は、全部を白く隠す。……お前も、この白に消えてしまうんじゃないかと思って」
 有無を言わさず、抗う暇さえなく、あっという間に。圧倒的なこの白の中へ行ってしまったら、二度と帰ってこない……そんな気がして。
 それが、何より怖くて。
「消えません」
 手に触れていた感触がなくなったと同時に、ぎゅ、と小十郎に抱き締められる。驚く政宗の耳元で、小十郎は強く言い切った。
「俺が消えるのは、あなたがそれを許した時だ。この程度で、消えたりしない……」
「……この程度、って」
 ふっと、胸が軽くなったのが自分でも分かった。無意識に、笑みが零れる。
「相手は、自然だぞ?」
「ええ」


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