雑歌
□君を想いて空を見る
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「何やってんの?」
元親が窓にもたれて外を眺めていると、ふいに背後から声をかけられた。気配を一切感じなかったので、元親はびくっ、と肩を震わせる。
「……佐助」
振り返ると、いつもの仕事着姿の佐助が、腰に手を当てて立っていた。気配が欠片も感じられなかったのはさすが優秀な忍、といったところか。
「珍しいな……こんな時間に」
緩む口元を隠しもせず、元親は佐助に手を伸ばす。佐助は呆れたように深いため息を吐いて、元親の傍へと寄ってきた。
その手を引いてすぐに抱き締める。こうして佐助に触れるのは、何時ぶりだろうか。
もっと強く抱き締めようとしたら、佐助に押し退けられた。理由は分かっている。……微かに、血の匂いがするから。
「佐助」
「で、何してんの」
気にしないから、と言う前に、佐助が再度訊ねてきた。
もっと触れていたかったのに。
内心の不満を口に出すことはせず、元親は小さなため息を吐いて窓の外に視線を向ける。
「夕日、見てたんだよ」
「夕日?」
元親の答えを繰り返し、佐助も元親と同じように窓の外を見た。
広がるのは、目が痛いほどの夕日。
それが今まさに海に沈んでいこうとしている。
元親の部屋の窓からはそれがよく見えて、元親の自慢の一つでもあった。
「……夕日、好きなんだ?」
しばらく黙って夕日を見ていた佐助が、ふいにそう訊いてきた。佐助を見れば、彼はどこか真面目な顔で元親を見つめている。
「…ああ、好きだなぁ…」
自然に笑みがこぼれた。
「すっげぇ、好きだな。綺麗だし」
「……へぇ……」
元親の答えにどこかつまらなそうな顔をして、佐助は再び夕日に目を向ける。
「あんたには、夕日は似合わないよ」
そして素っ気なく呟いた。
「あ?」
急な話題に元親は思わず首を傾げる。佐助はそんな元親をちらりとも見ずに、相変わらずつまらなそうな顔で言葉を続けた。
「あんたには、月の方が似合う。それも……大きな満月。暗闇にあっても眩しくて、その暗闇そのものを明るく照らす……そんな満月が、よく似合う」
口調だけは、さっきと違って妙に真剣で。
「ああ、本当に……あんたは、満月だ……」
つまらなそうに見えた顔も、何だか寂しそうに見えて。
「佐助……」
気が付けば、佐助を抱き締めていた。
「ちょっと、どうしたのさ?」
冗談ぽく笑いながら離れようとする佐助を、逃がさないように更に強く抱き締める。
「何か、寂しそうだったから」
耳元で真剣に囁いてやれば、佐助は動きを止めておとなしくなった。
抱き締めているから顔は見えない。
ただ、この腕の中では、さっきのような顔をしていなければいいと思った。
「違うよ」
ふと明るい声が返る。無理した感のないそれに元親が佐助の顔を覗き込むと、佐助は穏やかに微笑んでいた。
「寂しいのは、今じゃないんだ」
「今じゃない……?」
元親が首を傾げると、佐助はくすりと笑って元親の額に自分の額を付けて微笑む。
「俺様、夜に生きてるじゃん。夜は月が出てるじゃん。……月を見ると、思い出すんだ」
「何を?」
「……あんたのこと」
佐助の言葉に、元親は目を見開いた。それをゆっくりと噛み締めると、見開いた目を細める。
「……ったく、お前は……」
無意識に浮かんだ笑みを隠すように、唇を佐助のそれに重ねる。触れた佐助の唇も、自分と同じ形になっていたのは、気のせいじゃないはずだ。
触れるだけで離れ、元親は少しだけ肩を竦めてみせた。
「んな可愛いこと、言うなよ」
「言っとくけど、今日だけ特別だからね」
久しぶりだし、なんて言い訳をする佐助の唇を再び塞ぐ。後頭部に手を添え、身体を強く抱き寄せれば、どちらともなく、自然に舌が絡み合った。
「ん……ぅ」
佐助の手が元親の肩を叩いたので、元親は名残惜しいながらも唇を離す。必死に呼吸をする佐助の瞳を覗けば、ふ、と佐助は目を逸らした。
「佐助」
目を逸らしたところで、赤らめた頬や潤んだ瞳が隠せるわけもない。吹き出しそうになるのを堪え、名前を呼んでやれば、恨みがましそうな睨みが返ってきた。
「……何笑ってんのさ」
「いや、可愛いなと思って」
「バッカじゃないの?」
思ったことを素直に言うと、佐助はまたふい、と目を逸らす。
「言ったでしょ、今日だけ特別だからねって」
「分かってる」
まだそんなことを言って。意地を張っている佐助が可愛くて、元親は佐助をぎゅっと抱き締める。
しばらくは何かぶつぶつ文句を言っていた佐助だが、諦めたらしくため息を一つ吐いて元親の胸に擦り寄ってきた。
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