雑歌

□籠の太陽
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 佐助。
 何でこうなっちまったんだろうな。
「……来たか」
「悪いね、鬼の旦那。その首、貰うよ」
 こうなるのが自然だってのは分かってる。
 けど、思わずにはいられない。
「ふん、鬼にかなうと思ってんのかよ?」
「さぁ? でもこれが俺様の仕事だからね」
 佐助。
 何で、こうなっちまったんだろうな……。




 それは今から少し前。
 領内で拾い物をした時から始まった。
 血に濡れたそれは、微かに胸を上下させて何かを呟いていた。
 一目で忍だと分かった。けれど俺は躊躇い無くそれを持ち帰った。
 かなり深い傷を手当てし、目覚めるまで看病を続けた。
 そして目を覚ました忍は冷たい目をしてこう言い放った。
『あんたバカだね。……何で助けた?』
 俺は分からないと返してやった。すると今度は呆れた顔をされた。
『四国の鬼はバカなうえにお人好し、って。それどーなの?』
『助けてもらってそれはねぇんじゃねえか? 猿飛佐助』
 名前を言い当ててやると、少しだけ驚いた顔をした。
『名前くらいは知ってらぁ。真田の優秀な戦忍、だろ?』
『……嫌だなぁ、俺様ってばそんなに有名?』
 頷いてやれば、頭を抱えて深いため息を吐いた。
 有名だ。少なくとも、俺の中では。
 太陽の様な髪を持つ忍。ずっと、会ってみたかった。




 会わなければよかった、とは思わない。
 何も変えられなかった、俺が悪いのだから。
「はっ、なかなかやるじゃねぇか!」
「そりゃどーも、っと……!」
 覚悟は出来てる。
 けど、それとこれとは別問題だろ?
「本気でかかってこいよ! それが本気じゃねぇだろ?」
「じゃあ、お言葉に甘えて……本気でいくぜ!」
 なぁ、佐助。
 何で、こうすることしか出来なかったんだろうな……。




 いくら焦がれても、太陽を手に入れることは出来ない。だから、その太陽の様な髪に、何度も触れた。
 触れられる太陽を、俺の傍に置いておきたくて。
 甲斐に帰すことも出来た。けれど俺はそれをしなかった。したくなかった。それを請われもしなかった。
 だから籠に……部屋に閉じ込めて、傍にいさせて、何度も触れた。あくまで、傷が全快するまで、という約束の下に。
『命拾われちゃったし、今はおとなしくしてるよ。治るまでね』
 念を押すように、何度もそう言う。
『分かってる』
 言い聞かせるように、何度もそう返す。
 まるで言葉遊びのようなやりとり。それだけでは満たされない心を、抱き締めることで埋めた。
 お互い分かっていた。この関係は、蜃気楼でしかない。
『鬼の旦那、戦場で俺と会ったら俺を殺せる?』
 口調は軽いのに、試すような重い問い。俺はいつも答えられない。
『……さぁ、な』
『俺は殺すよ』
 きっぱり言い切る言葉には、ためらいも迷いもなかった。
『だってそれが俺の仕事だから。俺は必ず殺すよ』
 らしい、と思わず笑ってしまうほどに。
 それは、正しい答えだけれど。




 佐助、お前は俺を恨んでいるか?
 俺は、どこかで何かを間違っちまった。
 気付いていた。お前が時々、遠い目をして窓から外を見ていることを。
 気付いていたけれど、それが何を意味するのかまで気付きたくなくて、いつも俺はこの手で窓を閉めた。
 そのたびに泣きそうな顔で俺を見てきたお前が、本当は何を望んでたかなんて……分かり切ったこと。
 それさえ見ないフリをした。お前の目には、きっと俺はひどく冷たい人間に見えただろう。
 それでも……俺にとってお前の存在は、何よりもいとおしい。
 お前にどう思われていたとしても、それは変わらない。
 ……ただ。
 お前を籠に閉じ込めた俺は、ただお前に触れたかっただけだけれど。
 閉じ込められたお前にとっては、それはこの上ない苦痛だと、せめてもっと早く気付いたらよかったんだろう。
 ……ああ、全てが遅い。
 何かを間違い、何も変えられなかった俺がお前にしてやれることは一つしかない。
 お前の『正しい答え』を実行する。ただ、それだけしか。


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