雑歌

□手のひらに
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「……あぁ〜たりィ……」
 まるでやる気のない声が、まるでやる気のない台詞を呟く。同じ台詞を三度聞いて、小十郎はとうとうため息を吐いた。
「政宗様、手が進んでおりません」
「仕方ねぇだろ? やる気が出ねぇんだよ」
「そんなことをおっしゃられても」
 胡坐に頬杖で、言葉の通りやる気のない主・政宗の周りには、処理されていない書状やら何やらが積み上がっている。片付けなければならないはずなのに、一向に減る気配はなかった。
「先の戦の後処理もありますし、早々に片付けていただかないと」
「分かってるって……でもなぁ」
 分かってると言う割に政務はさっぱり捗らない。このままではいけないと、小十郎は心を鬼にし、「政宗様」と声音を少し下げた。
「いい加減になさいませ。子供じゃあるまいし、やりたくないで済まされることではありません」
「……」
 政宗はただ黙った。彼も分かっているのだろう。
「これはあなたの義務なのです。お分りでしょう?」
「……ああ」
「では、何故」
 そんな駄々をこねるのか。言外に尋ねると、政宗はため息を吐いてそっぽを向いた。
「……戦の前から、ずっとお前に触れてねぇ」
「は……?」
「ずっと我慢してんのに、戦が終わったら真っ先にこれじゃ、やる気なんか出ねぇよ」
「……」
 予想外の答えに、小十郎は言葉を失う。その沈黙を非難ととったのか、政宗は乱暴に頭を掻き、そっぽを向いたまま小十郎の方に手を差し出してきた。
「分かったよ、真面目にやりゃあいいんだろ? ほら、どれからやるんだよ」
 その差し出された手と、拗ねた政宗の横顔を唖然と見比べていた小十郎だったが、次第にその口元が緩んでいく。
〈可愛らしい〉
 呆れではなく愛しさを覚えるのは、小十郎も心の奥で同じことを思っているからだ。
 先の戦は攻城戦で、籠城する相手に苦戦し、思ったより長引いてしまった。その間、政宗と小十郎はずっと主従で、恋人同士に戻る隙がなかった。
 だから口付けの一つも、今の今まで交わしていない。いつもそれを積極的に求める政宗が文句を言うのも、仕方がないと思う。
〈だからといって、今甘やかすわけにはいかねぇ〉
 やるべきことが目の前にある今、まずはそれを優先させなければならない。それは政宗も分かっているはずだ。
 ただ、小十郎も政宗と同じ望みをもっているということは、政宗にも分かってほしい。
「……小十郎の言葉、聞き届けていただけるんですね?」
「しつけぇなぁ、やるっつってんだろ」
 だから早くよこせ、と更に突き出された政宗の手を、小十郎は優しく掴んだ。そしてそのまま、手のひらに唇を寄せる。
「っ!?」
 予想外だったのだろう、政宗が目を見開いてこちらに顔を向けた。それを上目で見つつ、小十郎はニヤリと笑ってみせる。
「……では後程、政宗様のお望み、叶えて差し上げます」
「なっ……!?」
 途端に政宗の顔が朱に染まる。普段はあまり見せないその表情は魅力的だったが、小十郎はあえて感情を押し殺して書簡を一つ、その手に乗せた。
「さ、まずはこちらから」
「てっめ……!」
 まだ朱に染まった顔で小十郎を睨み付けていた政宗だが、結局それ以上は何も言わず、さっき以上に拗ねた顔で政務に取り掛かった。
 ああ、本当に可愛らしいと、愛しいと、後でじっくり囁いて差し上げよう。
 再び口元に笑みを浮かべ、小十郎はそう心に決めた。


《end。》
 

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