雑歌

□桜の下で、あなたと
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「おー絶景だねぇ」
 目の前に広がる景色に慶次は笑みを浮かべながら目を細めた。
 一面の桜吹雪。まるですべてを埋め尽くす雪ような、しかし暖かな光景。この時期だけしか見られない、だからこそ美しい。
「いい天気に綺麗な桜、ときたら花見しかないよな」
 視線を後ろに向けつつ、慶次は声を弾ませた。
 それは肩に乗せた夢吉にではなく。
「……確かに、見事でござるな」
 慶次の後ろから歩いてきた彼は、花吹雪の風でなびく髪を押さえながら小さくため息を吐いた。
「近くに、このような場所があったとは……」
「知らなかったのか? こんなすぐ近くなのに」
 相手の言葉に慶次は少し肩を竦める。それを責められていると思ったのか、彼は少し困った顔をした。
「面目ない」
「いいって」
 謝罪する彼に笑い掛け、慶次は彼に向かう。そして彼の髪に付いた花びらを軽く払ってやった。
「こうして、一緒に桜が見れるんだ。だからそんな顔するなよ、幸村」
「慶次殿……」
 彼―――幸村は少し安堵したような顔で慶次を見たが、その笑顔にすぐ目を伏せてしまった。
 可愛い。
 きっと口に出したら真っ赤になって怒るであろう言葉を飲み込んで、慶次は再び桜に向かう。
 今日の風は少し強くて、明日にはすべて散ってしまいそうな程だ。それは惜しいが、代わりに今日こんな見事な花吹雪の中に、幸村と2人でいることができる。……ただそれだけのことを、桜と引き替えにしても構わないなんて。
〈驚きだな、自分でも〉
 足音に気付いて隣を見れば、幸村が自分と肩を並べ、こちらを見つめていた。
「慶次殿は」
「ん?」
「桜が、好きでござるか?」
 首を少し傾げて尋ねる幸村に、慶次はこくりと頷いてみせる。
「ああ、好きだな。だって綺麗だろ?」
 また視線を桜に移し、慶次はふふ、と笑った。
 今は風は収まっているが、それでも花びらは舞い散る。緩やかに降るその様は、まさしく雪が降るようだった。
「それに桜は、ぱっと咲いてぱっと散る。そういう潔さが、風流だと思うんだ」
「風流、でござるか……」
 慶次の言葉に、幸村は彼らしくない、小さな声を返す。思わず彼を見ると、彼はどこか困惑したような顔を慶次に向けていた。
「幸村?」
「某には……そういうことはよく分からぬ」
 慶次と目が合うと、幸村はますます困惑した表情で緩く首を横に振る。
「某は……某にできるのは、この手に槍を持ち、戦にてそれを振るうことのみ。それ以外のことは、よく分からぬ」
 自分の手を見つめる幸村をよく見れば、小さいながらも新しい傷が幾らかついている。最近、また戦に出て戦ったのだろう。
 慶次はふ、と幸村に手を伸ばした。
「……戦……か」
 その指先が触れたのは彼の頬。新しい切り傷が、まだ癒えずに残っている。
 そしてきっと、傷はこれだけではない。今までも、これからも、彼の体には戦場で負った傷が、いつまでも消えることはなく。
「……戦なんか、出なけりゃいいのに」
 無意識に、そんな言葉が出た。慶次の行動に首を傾げていた幸村は、それを聞いて目を丸くする。そして神妙な顔で、首を横に振った。
「そういうわけにはいかぬ。某はお館様のために……」
「うん、……分かってる」
 幸村の言葉を遮って、慶次は独り言のようにぽつりと呟いた。
 分かっている。きっと何があったって、幸村が絶対にそうしないことくらい。それでも思わずに、言わずにいられないのは。
〈だって……俺は〉
 慶次は少し泣きそうな顔に、それでも笑みを乗せて幸村を抱き締めた。
「なっ……けっ、慶次殿……!?」
「ごめん、少しだけこうしてて……」
 慌て暴れる幸村にそう囁き、強く強く抱き締める。幸村は何か言おうとしたようだが、慶次の腕の強さに、結局何も言わず動きを止めた。
 その理由も、自分が抱く願いも、どちらも自分勝手なものだ。彼を、ただ傷つける。今幸村を抱き締める腕の力は自分でも強すぎると思うが、それを緩めることはできなかった。
 1番言いたくない言葉を、口から出さないために。
『―――最前線で、傷だらけで戦うお前を見るのは、つらいよ。できれば、見たくない。だから……このまま、ずっと……』
 幸村を抱き締めたまま、慶次は心の中でだけそう呟き。
 それを、桜吹雪に流した。




「……慶次殿」
 どれくらいそうしていたのか。不意に、幸村が声を上げた。
「某には、やはり風流などはよく分からぬが……」
 怖ず怖ずと言葉を紡ぐ幸村。彼は、慶次の心の内をどう捉えたのか、少し躊躇ってから右手を慶次の背にそっと添えた。
「ただ某は……慶次殿と一緒に桜を見ることができて、嬉しいと思う」
「幸村……」


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