雑歌

□幸せという名の
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「政宗様」
「んー……?」
 麗らかな、昼下がり。今日は陽の光がとても暖かく。
「いつまで寝ていらっしゃる気ですか?」
「もう少し……いいだろ?」
 だから、縁側でゆっくり昼寝に限るわけで。
「火急の執務もねえんだし、やるべきことは大体終わってんだ。いいじゃねえか」
「仕方ないですね……まったく」
 傍には、愛しい人。口では呆れたような物言いをしながら、ひどく優しい顔で、己を見下ろして。
「しかし、そろそろ足が痺れてきたのですが」
「あ? 軟弱なこと言ってんじゃねえよ」
 困ったような笑みを向けられ、政宗は楽しげに笑った。縁側で仰向けに横になる自分の頭の下、枕代わりにしているのは、縁側に腰掛けている愛しい小十郎の太腿。もう大分長いことその姿勢でいるから、痺れて当然だろう。分かってはいるが、この態勢を崩したくなくて。
「もう少し、このままでいろよ」
 す、と手を伸ばして、小十郎の頬に触れる。左頬にある傷をなぞるように指を動かせば、小十郎の左手がそれを止めるように政宗の手を軽く握った。
「くすぐったいですよ」
 くすくすと小さく笑いながら小十郎は握った政宗の指先に唇を寄せる。その光景を目を細めて眺めながら、政宗も笑った。先程よりも小さく、しかし先程よりも柔らかに。
 小十郎の仕草1つ1つがとても愛しくて、今降り注ぐ陽の光より暖かで、満たされる。
 ゆっくり流れる、他愛のない時間。無駄とも思えるこんな時間を過ごせるのは、何にも勝る贅沢だろう。それを何より幸せと思う自分と同じように、小十郎も今のこの時間を、空間を、幸せと感じているだろうか。
 小十郎の顔を、目を細めたまま見上げる。目を伏せ、政宗の指先に、爪に、関節に触れる小十郎の唇の感触が、あまりにも優しく、柔らかくて、政宗は少しだけ肩を竦ませた。
「くすぐってえよ」
「仕返しです」
 小さな政宗の訴えに、小十郎はどこか悪戯っぽい瞳を向けてさらりとそう返し、今度は手の甲へ唇を落とす。まるで猫のじゃれあいのようなやりとり、それが楽しくて仕方ない。
〈小十郎〉
 また小さく笑いながら、心の中だけで呼び掛ける。愛しい人。いとしいひと。何もかもを、自分にくれたひと。小十郎の存在そのものが、自分にとっての幸せ。
〈小十郎の、幸せは?〉
 自分が、満たされているからこそ考える。そんな小十郎は、どんな時、何が、幸せだと思うのだろう?
「小十郎」
「はい」
 今度は口に出して呼び掛けた。小十郎は政宗の手をとったまま、視線だけを政宗に向ける。その眼差しの中の、柔らかく暖かい光がまた政宗の心を満たした。
 名を呼び、応える。共にいた時間の長さのせいか、心が近いせいか、それだけで訊きたいことも、その答えも分かるようで……嬉しくて。
「なぁ……kissしようぜ」
 だから問い掛けではなくて、そんな言葉が口をついて出た。唐突だったせいか驚いたらしい小十郎の表情が、瞬き1つの後また困ったような笑みに変わる。
「また……急に何を言いだすんですか」
「いいだろ? してえんだよ」
 呆れたような声音ながらも、瞳の優しさは消えなくて。子供のような物言いをしながら、政宗は握られている手を握り返し、自分の口元へ引き寄せた。
「お前だって……そうだろ?」
 そっと唇を押し当ててから小十郎を見上げれば、困った笑みは既になく。柔らかに微笑んだ小十郎は、握られた手をそっと解き、その手を政宗の頬に触れさせた。
「本当に……仕方のない御方だ……」
 小十郎は政宗の言葉を否定することなく、静かに、しかしどこか嬉しそうに呟くと、その手で政宗の頬をゆるりと撫で、包み込む。それから少し顔を政宗の方へ近付け、一段低く落とした声音で囁きを零した。
「口付けが欲しいなら、体を起こしてください……このままでは、届きませんから」
「……素直に、欲しいって言えよ」
 口元の笑みが少しだけ挑発的になった小十郎に一瞬目を瞬かせた政宗だが、すぐにくっと喉の奥を震わせて笑うと、小十郎の首に腕を回して引き寄せ、また自分の上体を浮かせて、小十郎と唇を重ね合わせた。




 それは、極上の時間。
 幸せという名の、贅沢を。
 幸せという名の、愛を。
 堪能する、一時。


《end。》
 

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