雑歌

□籠の太陽
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「っく……!」
 俺の一撃が佐助の懐に入った。とっさに引いたおかげで致命傷にはならなかったが、深い傷には変わりない。
「どうした、もう終わりかぁ? ま、後ろは海だし、後はねぇわな」
 断崖絶壁に立つ佐助に、精一杯の強がりを見せる。せめて、俺を悪役にして恨んでくれればいいと。
「……やれるんじゃん」
 苦しげな顔をする佐助が、ぽつりと呟いた。
「俺が訊いた時には、答えなかったくせに……」
「っ……」
『俺を殺せる?』
 その問いにいつも答えられなかったのは、俺の持つ答えが『否』だったからだ。
 殺せるわけが、なかった。
 殺すよりも、ずっとずっと籠の中に閉じ込めて俺の傍に―――そう、思っていたから。
「……お前は、これを望むと思ったからだ」
 籠に閉じ込められていることなど、佐助が望むはずはなかった。だから、傷が全快した佐助がいつの間にかいなくなっていた時、誓ったんだ。
「敵として、お前と相対すること。お前との関係を、なかったことにすること……」
 佐助の望みならば。それが例え、俺の望みでは真逆でも。
「……だったらっ」
 崩れそうになる膝を必死に支えながら、佐助は俺を真っすぐ見つめた。
「そんな顔しないでよ!」
「っ!?」
「そんな泣きそうな顔しないで……最後まで悪役になって、さっさと俺を殺してよ! でなきゃ……俺が惨めすぎるっ……!」
 それこそ泣きそうな顔をする佐助は、そう言い捨てると再び武器を構えた。
「……いくよ」
 深い傷を負ってなお素早い攻撃を武器で受けながらも、俺は戸惑いを隠せない。
 「俺が惨め」って、どういうことだ?
 「俺を殺して」なんて、どうしてそんなこと言うんだ?
 お前こそ、何でそんな顔をするんだ……。
 佐助にそれを問いたいのに、激しい攻撃を繰り出す佐助はそれを許そうとしない。
 佐助。
 そう呼び掛けたい。けれど敵として相対すると決めたと同時に、二度と名を呼ばないと決めた。今ここで呼び掛けたら、決心の全てが崩れてしまう。
 ……いや、崩して……しまうべきなのか?
 佐助は完全に俺の敵として俺の前に立つと思っていた。なのに今の佐助の言葉が、態度が、俺を惑わせる。
 佐助、俺はどうすればいい……?
「手ぇ抜くなッ! 全力で……俺を殺せッ!」
「―――!」
 佐助の泣きそうな怒鳴り声が、俺の頭を麻痺させる。
 俺に選択肢はなかった。
 佐助の攻撃を、長槍を振り上げて弾き返し、振り上げたそれを全力で振り下ろす。
「……ッ!」
 それは見事に佐助を捕らえた。その勢いで佐助の体が吹き飛ぶ。行き先は、断崖絶壁の外。
 現実にすれば一瞬のはずなのに、麻痺した俺の頭では、それらが永遠のように長く感じた。
 佐助の体が、血に染まる。まるで出会ったときの様だと、頭の片隅で思う。
 俺達は、血で出会い、血で別れるらしい。
 俺はただ……触れられる太陽が、欲しかっただけなのに。
 そのために、佐助の全てを俺のこの手で壊してしまった……。
「……佐助っ……!」
 堪え切れずに名を呼び、手を差し伸べる。届くわけがないと分かっていたが、そうせずにはいられなかった。
「佐助……!」
 もう一度名を呼ぶ。届かない手の先に落ちていく佐助が見えた。
「……っ!?」
 その刹那だった。
 佐助は、笑った。
 その口元をにぃ、と歪ませ、そのまま落ちていった。
 まるで、俺に見せ付けるように。
 まるで、落ちることを誇るかのように。
 まるで、『何か』を喜ぶかのように……。




 佐助の死体があがらなかった、と聞いた時、俺はああ、やっぱりと思った。
 佐助は飛んでいったのだ。
 どこか、遠いところへ。




 俺の手の、届かないところへ。



 太陽は、大空にこそ相応しいから。


《end。》
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