雑歌

□何が見えますか
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「政宗様」
 あの時と同じ丘の上。あの時と同じ木の下。小十郎はあの時と同じように上を見上げ、あの時と同じ問いを掛ける。
「何が見えますか」
 あの時と同じように木の上にいた主は、しかしあの時とは違って驚きはしなかった。真っすぐ前を見たまま、はっきりと答える。
「笑顔が見える」
 主は一片の曇りもない晴れやかな笑顔を浮かべていた。
「皆の笑顔が見える。……もう少しだ」
「……そうですね」
 その笑顔に小十郎も顔を綻ばせる。
 あれからだいぶ時が過ぎた。主は頼りない子供から堂々たる大名へと成長し、各地を回り領地を広げ、天下を目前にしている。
 あの日の誓いの通りだ。
「小十郎」
 主が晴れやかな笑顔のまま小十郎を見下ろす。
「ガキの頃、自分は無力だと嘆いた俺を、お前は時が来ていないだけだと叱咤した。……今がその時だと思うか」
「はい」
 躊躇いなく小十郎は頷いた。今までの戦の中で、何度か如何ともしがたい状況に追い込まれたこともある。けれどその全てを切り抜けてこれたということは、時が、この世がこの方を望んでいるからだ。
「あなたは時を迎え、天に選ばれた方。ここまでの道程がそれを示しています」
 だからこのまま進み続けなさいませ、と言いたかったが、主が急に木の上から飛び降りたので驚いてしまい、それどころではなかった。
「!?」
「……違うな」
 鮮やかに着地をしてみせた主は、驚いたままの小十郎に不敵な笑みを向けた。
「天が俺を選んだんじゃねぇ。俺が天を選んだんだ。……この天(そら)は、竜が翔ぶのに相応しい」
 そのまま空を見上げる顔は自信に満ち溢れていて、輝いている。迷いのないこの表情が、小十郎は何より好きだった。
「……あなたらしい」
 それは自惚れではない。それ相応の実力と、何よりそのための努力のうえで掴み取った確信。
 この天を―――この天下を、この国を守るために、竜はこの天(そら)を翔ぶことを選んだ。そして小十郎もその景色を見るためにここまで来た。今更、何を否定することがあろうか。
「ならば尚更、進み続けなければなりません。……皆が、竜(あなた)を待っているのだから」
「……分かってる」
 空を見上げる目を優しげに細めて、主はむしろ自分に言い聞かせるように呟いた。一度、ゆっくり瞬きをして開いた目は、もう先を見ているようで。
「見える景色も、また変わるんだろうな……」
 優しく微笑んだ主の口元は小さくそう刻む。しかし、小十郎を振り返った時には、いつもの不敵な笑顔をしていた。
「もちろん、お前も来るだろ?」
「は……?」
 さも当然のように言う言葉を、小十郎は唐突だったせいかすぐには理解できなかった。それが不服だったのか、主は片眉をぴくりと動かし、不機嫌というよりは呆れた顔をしてみせる。
「竜の右目が竜と一緒に来ないでどうする? 俺と同じ場所で、俺と違うものを見るんだろ?」
 きっぱり言い切って、主は小十郎に手を差し伸べた。
「小十郎、一緒に来いよ」
 既に象徴となっている主の独眼は、何の疑いもなく小十郎を見据える。それが、何よりも嬉しくて。
 小十郎はにっこりと微笑んで、主の手を取った。
「……俺の誓いは、あの時から変わっていませんよ」




 もちろん、どこまでもあなたと共に。


《end。》
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