雑歌

□秘密
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「この傷をちゃんと見たのは元親さんだけ。こうして触れたのも、元親さんだけ」
 元親の手を愛しげに撫で、今度はそれを佐助の頬に触れさせる。
「自然な笑顔を見るのも、元親さんだけ。俺様の肌に直接触れるのも……元親さんだけ」
「さ……」
 元親が声を上げる前に、佐助は元親に口付けてきた。珍しく佐助の方から追い求めるような口付けに、元親は目を細める。
「……分かる?」
 唇を離した佐助は、どこかうっとりとした顔をしていた。
「こんな顔も、俺だけか?」
 唇の端に軽く口付けながら訊ねる。佐助は「そうだよ」と軽く笑った。
「なら……そうだと、いつも言ってくれりゃいいのに」
 普段は口にしない不満。こうして心の内を言ってくれるなら、いつも訊いた時に答えてくれたらいいのに。
「……元親さん、言葉がほしいの?」
 それに対して佐助は心底驚いた顔をした。その驚きように、元親の方が驚いてしまう。
「何だよ、おかしいか?」
「おかしいっていうか……まさか、そんなトコに拘ってるなんて思わなかったし」
 からかっても、バカにしてもいない、本気で驚いて佐助は言う。それ程佐助にとっては意外だったらしい。
「……お前は、いらねぇのかよ」
「いらないよ」
 ここまで驚かれると何だか気恥ずかしくなってしまう。逆に問うと、あっさりと返された。元親は再び面食らう。
「いらねぇのか」
「うん。だって、言葉なんてどうにでもなるじゃん。建前、嘘、冗談、下手したらなかったことにだってなる。……俺様自身、そんな言葉ばっかり遣ってるし」
 笑っているようで笑っていない、どこか痛い顔で佐助は呟いた。この顔が、元親は少し嫌いだ。
「佐助」
 頬を撫でると、佐助は手を重ね、元親の手に頬を擦り寄せた。さっきの表情が消えたことに、元親は少し安堵する。
 重ねた手に力を込め、佐助は目を閉じた。そしてまた静かな声で呟く。
「言葉なんて不確かなんだ。そんなものより確かなものが、俺と元親さんの間にはあるよね……?」
「……確かな、もの?」
 疑問を投げ掛けた瞬間に再び口付けられた。誤魔化されたのかと思ったが、佐助から舌を絡めてきたところで、そうではないことを知る。
 これが、答えなのだと。
「んっ……ん、ぅ……」
 離さないように捕まえて、体を激しく掻き抱いて、舌を絡めて翻弄する。佐助はただ、元親の背に回した手に力を込めて、翻弄されるまま、元親にすべてを委ねている。
 分かるような気がした。
「……なぁ」
 唇を離すと、佐助は焦点の合わない目を元親に向ける。それが妙に妖艶で、元親は知らずに自分の唇を舐めた。
「ならもっと、お前のこと教えてくれよ……」
「……いいよ」
 佐助の口の端が上がるのを確認し、元親は満足気に笑う。そして再び唇を重ね、そのまま佐助を布団に押し倒した。




 口付けを一つ、秘密を一つ。
 口付けを二つ、秘密を二つ。
 打ち明けて、分け合って、重ね合って。




 今宵は、月もないから。




 二人だけの、秘密にしよう。


《end。》
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